公募研究

平林 敏行(放射線医学総合研究所)

「サル前頭葉―側頭葉ネットワークにおける光制御と多細胞同時記録による想起回路の解明」

霊長類の下部側頭葉は物体の形状に関する視覚性長期記憶の「貯蔵庫」として知られており、そのニューロン群は様々な物体記憶の表象や、あるいはそういった記憶を思い出す機能に深く関与する事が、これまでの研究によって明らかにされてきた。このような視覚性長期記憶を支えるニューロンは、互いに精緻に結合した回路を形成することによって初めて実現する演算を通じてその活動を生じていると考えられ、特定の領野内におけるそのような神経回路については、その動作や計算原理の解明が徐々に進みつつある。しかし、領野間連絡と領野内回路との関係については、未だにほとんど解明されていない。特に前頭葉から送られる「トップダウン」信号は、側頭葉局所回路の制御を介して、例えば状況に応じて必要な記憶を側頭葉の貯蔵庫から引き出し、逆に不要な記憶が想起されるのを抑制する、といった機能に寄与すると考えられるが、一体どのような活動を示すニューロンがそういったトップダウン信号を担い、その信号が投射先領野においてどんな活動を示すニューロンによって受け取られ、局所回路とどう相互作用するか、またそうした信号が失われると投射先における回路作動はどのように変質し、その影響はどのような形で行動に現れるのか、といった点については全く未解明のままである。統合された一つのシステムとしての脳の作動原理を包括的に理解する為には、このような「ミクロとマクロを繋ぐ脳の回路メカニズム」の理解が次の重要なステップになると考えられる。そこで本研究では、視覚性長期記憶の柔軟な想起を対象とし、それを必要とする課題を遂行中のマカクザルにおいて前頭前皮質と下側頭皮質から神経活動を同時に記録し、これらの領域から成る大域的神経ネットワークの動作を調べると共に、前頭前皮質から下側頭皮質へと送られるトップダウン信号を遺伝学的手法により制御し、それによって信号の受け手である下側頭皮質の神経活動や局所回路作動、及び課題成績がどのような影響を受けるかを調べる事で、このようなトップダウン信号の性質と機能を探る。これらの研究を足がかりとして、認知記憶の制御機構を支える階層的神経ネットワークの動作原理をニューロンレベルで理解する事を目指していく。

 

 
最近の主要論文
1. Hirabayashi, T., Takeuchi, D., Tamura, K., Miyashita, Y. (2013) Microcircuits for hierarchical elaboration of object coding across primate temporal areas. Science. 341: 191-195.
2. Hirabayashi, T., Takeuchi, D., Tamura, K., Miyashita, Y. (2013) Functional micro-circuit recruited during retrieval of object association memory in monkey perirhinal cortex. Neuron. 77: 192-203.
3. Hirabayashi, T., Tamura, K., Takeuchi, D., Takeda, M., Koyano, K.W., Miyashita, Y. (2014) Distinct neuronal interactions in anterior inferotemporal areas of macaque monkeys during retrieval of object association memory. J. Neurosci. 34: 9377-9388.

投稿日:2015年12月20日