公募研究

櫻井 武(筑波大学)

「行動適応にかかわる覚醒システムの機能解明」

感覚情報は大脳皮質で認知されると同時に大脳辺縁系で処理され、視床下部や脳幹を介して動物の行動を変容させる。覚醒系に関連の深いオレキシン作動性ニューロンは、視床下部外側野に局在し、モチベーションの必要な行動をとるときや、強い情動をともなうキューによって興奮することが明らかになっており、このような状況で脳幹のモノアミン・コリン作動性神経に働きかけて覚醒や意識、自律神経系・内分泌系を制御する。すなわち、外界の変化に応じて、自律神経や内分泌系とともに、覚醒を維持し、行動を制御するシステムであり、行動適応に重要な働きをしている。われわれは、覚醒制御機構の解明を目指して研究を進めてきたが、そのなかで、この視床下部のオレキシン産生ニューロンを中心とした覚醒制御システムが、逆に報酬系の制御や情動記憶の強化を介して行動を変容させうることも明らかにしてきた。前述のように、情動システムは覚醒系と深い関係を持つが、逆に覚醒系は情動記憶や報酬系の制御を介してさらに長期の行動変容にもかかわっていることになる。視床下部の覚醒系は、環境の変化に対応するため、動物の適応行動を即時にも慢性的にも引き起こすメカニズムであるともいえる。本研究では、オレキシン産生ニューロンが情動刺激によって強く興奮し、その結果、脳幹などに働いて行動制御を行う神経経路とその機能を解明することを目的としている。そのために、感覚系からの顕著性の高いインフォメーションが大脳辺縁系や報酬系を賦活した結果、どのような神経経路を介してオレキシン系を中心とした覚醒システムを賦活するか、また、逆に覚醒系であるオレキシン産生ニューロンやモノアミンニューロンがどのような経路で報酬系や情動記憶の固定や行動の変容に働くかを明らかにする。これらの知見を得られれば、覚醒制御機構がどのような分子機序をもって、情動記憶や報酬系の神経回路に変化をあたえ、適応行動を制御するのかを明らかにすることができると考えられる。新型うつなどモチベーションに起因する問題や、うつ病の前駆状態といえる適応障害の病態に対処また理解するための核となる知見を得ることも期待出来る。

 

図 視床下部のオレキシンニューロンは情動システムからの信号を受け、即時に覚醒や自律神経・内分泌系の応答を引き起こすとともに報酬系や情動記憶を修飾し適応行動を引き起こす。本研究では、遺伝子改変マウスと組み換え狂犬病ウィルスやAAVなどのウィルスベクター、光遺伝学・薬理遺伝学を組み合わせて、情動が行動変容を生む神経経路とその機能を解明する

 
最近の主要論文
1. Mieda, M., Ono, D., Hasegawa, E., Okamoto,H., Honma, K., Honma, S., Sakurai, T. Cellular Clocks in AVP Neurons of the SCN Are Critical for Interneuronal Coupling Regulating Circadian
Behavior Rhythm. Neuron, 2015, 85(5): 1103–1116.
2. Sakurai T. The role of orexin in motivated behaviours.Nat Rev Neurosci. 2014,15(11):719-31.
3. Sakurai T, et al. Input of Orexin/Hypocretin Neurons Revealed by a Genetically Encoded Tracer in Mice. Neuron 46(2):297-308,2005
4. Yamanaka A. Beuckmann CT. Willie JT. Hara J. Tsujino N. Mieda M. Tominaga M. Yagami K. Sugiyama F. Goto K. Yanagisawa M. and Sakurai T. Hypothalamic Orexin neurons regulate
arousal according to energy balance in mice. Neuron. 38:701-713, 2003
5. Hara J, BeuckmannCT, Nambu T, Willie JT, Chemelli RM, Sinton CM, Sugiyama F, Yanagi K, Goto K, Yanagisawa M, Sakurai T. Genetic Ablation of Orexin Neurons in Mice Results in Narcolepsy, Hypophagia and Obesity. Neuron 30:345-354, 2001
6. Sakurai T, et al. Orexins and orexin receptors: A family of hypothalamic neuropeptides and G proteincoupled receptors that regulate feeding behavior. Cell 92:573-585, 1998

投稿日:2015年12月20日