公募研究

谷本 拓(東北大学)

「記憶学習において作動する神経回路の遷移」

 環境に応じた適応的な行動の発現は、①学習による記憶の獲得、②記憶の保持、③記憶に基づいた行動発現、という異なる素過程から成り立っていると捉えることができる。ショウジョウバエの匂い連合学習はこの3つの異なる素過程に特異的な操作ができるため、これに関わる神経回路の機能的な遷移を明らかにすることが可能である。
 近年、我々を含む一連の研究成果により、匂い記憶の獲得・保持・読み出しの全ての過程が、ショウジョウバエ脳内のキノコ体と呼ばれる単一の脳構造で処理されることが報告された。さらにキノコ体の阻害は、匂いに対して誘引・忌避という正反対の行動をひきおこす報酬・罰記憶の両者に影響を及ぼすことが示されている。つまり、キノコ体は報酬・罰記憶の獲得・保持・読み出しという6つの過程に関わっており、単一の脳構造の多様な機能の発現と回路状態の遷移を研究する上で有用なモデルである(図参照)。
 本研究は、ショウジョウバエの匂い記憶の異なる素過程でキノコ体からの出力が必要であることに注目し、出力神経の「機能コード」を理解することを目指す。キノコ体が複数の解剖学的区画から構成され、全部で21種類の出力神経がキノコ体各区画から脳内の様々な領域に投射する(Aso et al., 2014a, eLife;図参照)。さらに我々の研究グループは、記憶の各素過程に特異的に機能する出力神経を同定した(Sejourne et al., 2011, Nat. Neurosci.; Plaçais et al., 2013, Cell Rep.)。本研究では、記憶の素過程を21種のキノコ体出力神経の必要性で定義することで、キノコ体出力の機能コードを明らかにする。さらに、そのコードが記憶の獲得・保持・読み出しにおいて遷移する規則性を解明することを目指す。
 この目的のため、まず各出力神経の細胞構造を解剖学的な指標で評価し、その構造的特徴で分類する(1)。例えば、神経伝達物質や入出力部位などの情報と併せて、全ての出力神経の細胞種を同一の三次元画像上で比較し、キノコ体出力回路の特徴を定量する。次に、記憶の獲得、保持、読み出しという過程において、全てのキノコ体出力神経の「貢献度」を測定することで、「機能コード」を明らかにし、素過程間での多様性を定量化する(2)。さらに(1) と (2) の結果を統合し、記憶のそれぞれの素過程における情報の伝達様式を示した「機能マップ」を作成することを目指す。さらに機能マップが学習の段階によってどのように遷移するかを明らかにすることで、神経構造の機能が時間軸に沿って適応する様式を理解する。

 



 
最近の主要論文
1. Yamagata N, Hiroi M, Kondo S, Abe A, Tanimoto H. (2016) Suppression of dopamine neurons mediates reward. PLOS Biol 14(12): e1002586.

2. Ichinose T, Tanimoto H. (2016) Dynamics of memory-guided choice behavior in Drosophila. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci 92 (8) 346-357.

3. Vogt K, Aso Y, Hige T, Knapek S, Ichinose T, Friedrich AB, Turner GC, Rubin GM, Tanimoto H. (2016) Direct neural pathways convey distinct visual information to Drosophila mushroom bodies. eLife 5:e14009.

投稿日:2018年04月23日