公募研究

福土 審(東北大学)

「内臓痛の鎮痛適応を起こす神経回路シフト」

 国民の健康を左右する要因として内臓感覚の比重が急激に高まっている。その代表的な病態が過敏性腸症候群である。申請者は、内臓感覚の重要性を以下の3点で明らかにして来た。(a) 不安症・うつ病の発症に消化器症状が先行する。(b) 消化管刺激により扁桃体・前帯状回が活性化し、中枢機能が変化して行く。(c) 消化器症状が持続する過敏性腸症候群では、行動選択の機能シフトが生じにくい。

 本研究は、内臓痛の鎮痛適応を生み出す脳内神経伝達を明らかにする。これを脳機能画像の手法を中心に行う。具体的には、健常者と過敏性腸症候群患者を対象とする。方法としてヒスタミンH1受容体リガンド11C-doxepinとドパミンD2受容体リガンド11C-racloprideを用い、陽電子断層法(PET)を中心とする脳画像を得る。内臓刺激時画像と鎮痛画像からヒスタミン、ドパミンの局所脳遊離量を定量化する。

 行動適応を担う脳神経回路の機能シフト機構の全貌を解明するには、分子レベルでの神経回路そのものの分析とともに、ヒト生体脳において、脳神経回路の機能シフト機構が、いかにありふれた医学的問題の根底にあるかを証明することが有利である。われわれの研究は、機能シフト機構の神経伝達情報を生きたヒト脳機能において供給するものであり、動物で得られたデータを種が異なるヒトにも外挿可能であることを示す強力な支援になり得る。内臓痛から鎮痛へと脳が機能シフトするメカニズムを理解することは、過敏性腸症候群の病態の理解と治療につながるのみならず、さまざまな嫌悪刺激からのストレスを自律的に緩和して環境に適応するための、脳の基本戦略を理解することにつながると期待される。

 本研究の意義は、過敏性腸症候群がストレス応答と内臓知覚のモデル病態であって、その科学的かつ社会的重要性が明瞭になってきたことからも強力に支持される。過敏性腸症候群は人口の14%、一般内科受診患者の31%を占め、高頻度である。本症は小学校高学年から発症し、不登校・社会不適応・就労忌避の原因を形成する。その罹患者は生活の質(QOL)がうつ病や人工透析患者と同程度に大きく障害され、膨大な医療費が費やされている。過敏性腸症候群の内臓痛の病態を画像化し、行動適応のための機能的シフトを明瞭にできれば、科学的・社会的意義は極めて大きいと考えられる。

 

 
最近の主要論文
1. Kano M, Muratsubaki T, Morishita J, Kono K, Mugikura S, Takase K, Ly HG, Dupont P, Van Oudenhove L, Fukudo S. Influence of uncertain anticipation on brain responses to aversive rectal distension in patients with irritable bowel syndrome. Psychosom Med 2017 May 12. [Epub ahead of print]

2. Enck P, Aziz Q, Barbara G, Farmer A, Fukudo S, Mayer E, Niesler B, Quigley E, Rajilic-Stojanović M, Schemann M, Schwille-Kiuntke J, Simren M, Zipfel S, Spiller R. Irritable bowel syndrome (IBS). Nature Reviews Disease Primers 2: 16014, 2016.

3. Fukudo S, Kinoshita Y, Okumura T, Ida M, Akiho H, Nakashima Y, Nishida A, Haruma K. Ramosetron reduces symptoms of irritable bowel syndrome with diarrhea and improves quality of life in women. Gastroenterology 150: 358-366.e8, 2016.

4. Fukudo S. IBS: Autonomic dysregulation in IBS. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology 10(10): 569-571, 2013.

投稿日:2017年05月12日