公募研究

喜田 聡(東京農業大学)

「恐怖から消去への回路シフトのスイッチ機構の解明」

恐怖記憶は、恐怖体験の記憶であり、恐怖記憶が想起されると恐怖反応が表出する。しかし、恐怖記憶を想起しても再び恐怖イベントが起こらなければ、恐怖反応が減弱する適応行動、すなわち、恐怖記憶消去(安全学習)が誘導される。この記憶消去は心的外傷後ストレス障害(PTSD)の有効な認知行動療法である生物学的基盤と認識されており、消去を標的としてPTSDのより簡便な治療方法開発が期待されている。しかし、世界的には、恐怖記憶回路、消去回路の同定がそれぞれ別々に進展しているのが現状である。すなわち、恐怖記憶の想起後には、「恐怖回路」から「消去(安全)回路」へと記憶回路フェーズが正反対に変化するため、消去が誘導される過程では脳内動態がダイナミックに変化して回路シフトが起こることが予想されるものの、消去誘導のスイッチを入れる回路シフト機構の回路・細胞・分子動態レベルの解明は進展していないのが現状である。我々は、想起後の恐怖記憶制御機構の解明を進めており、恐怖条件づけ文脈記憶課題並びに受動的回避記憶課題を応用して恐怖記憶想起後の恐怖記憶解析系を開発し、再固定化の意義の解析、再固定化及び消去回路の同定、想起後の記憶不安定化、再固定化と消去の分子機構の解明を進めてきた。この中で、恐怖から消去(安全学習)への回路シフト機構解明の手がかりとして、海馬が「恐怖」から「消去」への回路シフトのスイッチ的役割を果たしているとの仮説を立てるに至った。さらに、回路シフトを担う鍵分子の同定も進めており、再固定化誘導をキャンセルし、消去誘導スイッチを入れる分子機構も明らかにしつつある。そこで、本研究では、以上の我々の仮説と予備データに基づいて、マウス光遺伝学的手法、in vivoイメージング等の技術を用いて、海馬を中心に、恐怖記憶消去が獲得される場合の「恐怖回路」から「消去回路」へと回路シフトを導く(第三の)スイッチ回路を同定し、この回路シフト機構の解明を目的とする。

 

 
最近の主要論文
1. Tanimizu, T., Kenney., J.W., Okano, E., K. Kadoma., K, Frankland., P.W., Kida, S. Functional connectivity of multiple brain regions required for the consolidation of social recognition memory. J. Neurosci., 37, 4103-4116, 2017

2. Serita. T., Fukushima, H., Kida, K. Constitutive activation of CREB in mice enhances temporal association learning and increases hippocampal CA1 neuronal spine density and complexity. Scientific Reports, 7:42528, 2017

3. Ishikawa, R., Fukushima, H., Frankland, P.W., Kida, S*. Hippocampal neurogenesis enhancers promote forgetting of remote fear memory after hippocampal reactivation by retrieval eLife, 5: e17464, 2016.

4. Fukushima, H., Zhang, Y., Archbol, G., Ishikawa, R., Nader, K. Kida, S*. Enhancement of fear memory by retrieval through reconsolidation. eLife, 3, e02736, 2014

投稿日:2017年05月08日