公募研究

平野 丈夫(京都大学理学研究科)

「ノルアドレナリンによる反射性眼球運動の入力依存性シフト機構」

運動学習のモデルとして、前庭動眼反射(Vestibulo-ocular reflex, VOR)と視運動性眼球運動(Optokinetic response, OKR)の適応現象が知られています。VORとOKRは共に頭部回転時の視野のブレを抑える眼球運動で、VORでは内耳の三半規管が頭部回転を検出し、OKRでは網膜が視野全体の動きを検出して、網膜上の像が動かないように眼球を回転します。そして、網膜上で視野全体が動くような状況では、像のブレが小さくなるようにVORおよびOKRが適応的に変化します。こうした適応には小脳片葉領域が必要で、さらに片葉内の顆粒細胞・プルキンエ細胞間興奮性シナプスで起こる長期抑圧(Long-term depression, LTD)が、適応の基盤機構と推定されてきました。

しかし、LTDが起こらなくてもVORおよびOKR適応が起こる例が報告され、LTD以外のシナプス可塑性の運動学習への関与が示唆されました。そうした状況で、私たちは小脳皮質の抑制性介在神経細胞とプルキンエ細胞間シナプスで起こるRebound potentiation (RP)と呼ばれる可塑性が選択的に阻害されるトランスジェニックマウスの作製と解析を行い、そのマウスでVOR適応は障害されるが、OKR適応に異常は認められないことを示しました。一方、私たちは以前、LTDが起こり易くなったミュータントマウスでOKR適応が促進されるが、VOR適応は促進されないことも報告しています。これらの結果から、VOR適応とOKR適応には、LTDとRPが異なる寄与をすると考えられます。

さらに最近、ノルアドレナリンによるβアドレナリン受容体活性化がOKR適応に寄与するが、VOR適応には影響を及ぼさないという予備的な結果も得ました。また、これまでのLTDとRP制御の細胞内情報伝達系に関する研究から、ノルアドレナリンが、LTDとRPに異なる影響を及ぼす可能性が考えられます。これらの知見を総合しますと、ノルアドレナリンの小脳片葉内レベルにより、LTDとRPという二つのシナプス可塑性が異なる調整を受け、反射性眼球運動の入力経路の比重が変化している可能性が考えられます。本研究は、ノルアドレナリンが、プルキンエ細胞上の興奮性シナプスでのLTDおよび抑制性シナプスでのRPに異なる作用をして、反射性眼球運動制御の視覚と前庭覚への入力依存性のシフトにも影響を及ぼすという仮説を検証する計画です。

 

 
最近の主要論文
1. Hirano, T., Yamazki, Y. & Nakamura, Y. (2016) LTD, RP and motor learning. Cerebellum 15: 51-53.

2. Nakamura, Y. & Hirano, T. (2016) Intracellular Ca2+ thresholds for induction of excitatory long-term depression and inhibitory long-term potentiation in a cerebellar Purkinje neuron. Biochem. Biophys. Res. Commun. 469: 803-808.

3. Hirano, T. & Kawaguchi, S. (2014) Regulation and functional roles of rebound potentiation at cerebellar stellate cell – Purkinje cell synapse. Front. Cell. Neurosci. 8, 42: 1-8.

4. Tanaka, S., Kawaguchi, S. Shioi, G. & Hirano, T. (2013) Long-term potentiation of inhibitory synaptic transmission onto cerebellar Purkinje neurons contributes to adaptation of vestibulo-ocular reflex. J. Neurosci. 33: 17209-17220.

投稿日:2017年05月07日