公募研究

山本 亘彦(大阪大学)

「大脳皮質ニューロンの後天的な軸索投射シフトの制御機構」

脳の神経回路は環境からの刺激によって再編されるが、損傷後にも新たな神経回路が形成され機能回復に寄与することが知られている。すなわち、外的環境に由来する神経活動だけでなく、損傷による内的変化が神経回路形成を後天的に制御するのである。この過程では、もともと存在する軸索からの側枝形成、引き続く終末分枝・シナプス形成が大きな役割を果たすと考えられている。どのような分子メカニズムにより、サブセルレベルの形態変化が誘発されるのであろうか。

この問題を明らかにする上で大脳皮質運動野から下位の神経核への神経回路は有用な系である。中でも、運動野から中脳赤核への投射系においては、その可塑的特性がよく記述されている。1980年代、塚原らは一側性の運動野除去に伴い、対側大脳運動野より中脳赤核へ新たな軸索投射が出現することを見出した(Tsukahara, Tresnds in Neurosci, 1981)。この発見に基づいて、除去後の脱神経支配により、赤核細胞から誘引性因子の発現が生じ、健常側を走行する大脳皮質ニューロンの軸索から側枝発芽(collateral sprouting)が誘発されるとの仮説が提唱された。しかしながら、その仮説の妥当性ならびに分子機構についてはほとんどわかっていない。

申請者らはこれまでに、大脳皮質神経回路、特に視床皮質投射や皮質内神経回路において、軸索分岐のメカニズムを細胞・分子レベルで研究し、標的細胞由来分子によって軸索分岐が促進されシナプス形成も促されていることを明らかしてきた。さらに、視床皮質投射系においては、標的細胞側(皮質細胞側)由来の神経栄養因子brain-derived neurotropic factor (BDNF) やガイダンス分子ネトリンファイミリーに属するNetrin-4が環境刺激に依存して、それらの発現上昇を引き起こし、視床ニューロンの軸索分岐を促進するメカニズムのあることを明らかにした(Bjorn et al., Frontier Neural Circuit, 2013; Hayano et al, PNAS, 2014)。このように、神経活動依存的な軸索分岐の分子機構についてはその知見が得られているが、脳損傷に伴ったダイナミックな軸索投射の再編が生ずる機構に関しては、未解明な点が多い。

以上を踏まえて本研究では、大脳運動野の一側性除去により、対側運動野から中脳赤核への新たな軸索投射形成を担う細胞・分子機構を解明することを目指す。これにより、脳損傷という環境変化に応じた後天的・可塑的神経回路形成のメカニズム解明に結びつくだけでなく、精神神経疾患に伴う神経回路異常による機能不全からの回復と言った応用面に繋がることを期待している。

 
大脳運動野一側性除去により対側運動野から中脳赤核への投射が生ずる。誘引的な発芽因子によるとする仮説

 
最近の主要論文
1. Yamada A, Uesaka N, Hayano Y, Tabata, T, Kano M, Yamamoto N (2010) Role of pre- and postsynaptic activity in thalamocortical axon branching. Proc Natl Acad Sci U S A, 107: 7562-7567.

2. Sato H, Fukutani Y, Yamamoto Y, Tatara E, Takemoto M, Shimamura K, Yamamoto N (2012) Thalamus-derived molecules promote survival and dendritic growth of developing cortical neurons. J Neurosci 32:15388-15402.

3. Hayano Y, Sasaki K, Ohmura N, Takemoto M, Maeda Y, Yamashita T, Hata Y, Kitada K, Yamamoto N (2014) Netrin-4 regulates thalamocortical axon branching in an activity-dependent fashion. Proc Natl Acad Sci U S A 111, 15226-31.

投稿日:2017年05月07日