公募研究

小金澤 雅之(東北大学)

「ショウジョウバエ求愛行動の経験依存的指向性シフトの神経基盤の解明」

求愛や攻撃のような個体間コミュニケーションは種の維持に直結する問題である事から、それを実現する神経機構の多くは遺伝的に決定されると考えられている。我々の材料としているショウジョウバエの求愛行動も生得的であり、その実現には転写因子をコードするfruitlessfru)およびdoublesex (dsx) 遺伝子の機能が重要な役割を果たしている。両遺伝子は転写因子として下流の遺伝子群の発現を制御することにより、ニューロンの数や神経突起の構造を変化させ、神経回路の性差を作り出している。我々は、温度感受性陽イオンチャンネルdTrpA1の異所発現システムを用いた特定ニューロンの強制活性化実験により、dsx遺伝子を発現する特殊な脳内介在ニューロン群pC1が求愛と攻撃両行動の解発に関わっている事が明らかとした。pC1ニューロン群はfrudsxの二重陽性とdsx単独陽性の2種のニューロン群に分けることができる。詳細な解析の結果、dsx+/fru+であるpC1ニューロン群は求愛の解発を司る一方、dsx+/fru– pC1ニューロン群は攻撃の解発に関わる事が明らかとなった。これらのニューロン群はそれぞれ求愛行動と攻撃行動の “司令ニューロンシステム”を構成していると考えられる。この結果は遺伝的プログラムにより構築された性的二型神経回路が求愛行動を実現していることを示しており、「求愛行動・攻撃行動は生得的である」という従来の考え方をさらに強固にするものであった。

その一方、興味深い現象が最報告された。多くのfru突然変異体の雄は、雌にも雄にも全く求愛をしないという異常を示す。しかし、これらの雄を実験前に複数個体で飼育すると雄同士の求愛行動が誘起されるようになったのである。この現象は集団飼育という経験による求愛行動の増強もしくは雄同士の攻撃行動の抑制に基づくものであると想定され、高度に生得的であると考えられてきたショウジョウバエの求愛・攻撃行動が、経験によってその出力を適応的に変えることを示している。最近になって我々はこの経験依存的求愛行動の実現にセロトニンが必要である事を見出した。経験依存的な性行動の変容は、求愛や攻撃の司令ニューロンシステムの興奮性が可塑的に変化する事により引き起こされる可能性がある。本研究では、生得的行動と考えられている求愛行動が経験依存的に変化することに注目し、新たに見出したセロトニンの効果が神経回路のどのレベルでの機能的適応に基づくものであるのかを明らかとすることを目的とする。

 

 
最近の主要論文
1. Koganezawa M., Kimura K., Yamamoto D. (2016) The neural circuitry that functions as a switch for courtship versus aggression in Drosophila males. Curr. Biol. 26: 1395-1403.

2. Yamamoto, D. and Koganezawa, M. (2013) Genes and circuits of courtship behaviour in Drosophila males. Nature Reviews Neuroscience 14, 681-692.

3. Kohatsu, S., Koganezawa, M., and Yamamoto, D. (2011) Female contact activates male-specific interneurons that trigger stereotypic courtship behavior in Drosophila. Neuron 69, 498-508.

4. Koganezawa, M., Haba, D., Matsuo, T., and Yamamoto, D. (2010) The shaping of male courtship posture by lateralized gustatory inputs to male-specific interneurons. Curr. Biol. 20, 1-8.

投稿日:2017年05月07日