行動制御回路の障害と再編

伊佐 正(京都大学/生理学研究所)

「脳・脊髄損傷後の機能回復過程における神経回路の動的変容」

環境の変化に適応するための脳の大規模回路での機能再編機構に興味があります。このような大規模な再編が顕著に起きる最も典型的な事例は脳や脊髄損傷後の機能回復過程です。ひとつは、マカクザルでの頚髄レベルでの皮質脊髄路の損傷です。この場合、訓練によって数週間で手指の巧緻運動が顕著に回復しますが、その際に回復初期から回復安定期にかけて大規模な神経回路の再編が脊髄だけでなく、大脳皮質の運動関連領野、さらには側坐核などの辺縁系と運動関連領野を巡る回路でも起こります。また、一次視覚野損傷後、視覚的意識が障害されるにもかかわらず、盲になった視野の対象に対して上肢を伸ばす、視線を向けるといった行動が可能であるという「盲視」という興味深い問題についても、サルを用いて研究してきました。この場合は外側膝状体から一次視覚野に至る経路に代います。このような現象をこれまではPETなどの脳機能イメージングとムシモルなどを用いた可逆的機能阻害法を組み合わせて因果律を実証するかたちで進めてきました。今回の新学術研究「適応回路シフト」ではこれまでのパラダイムをさらに一層進めて、全脳型皮質脳波(ECoG)電極とMRIを組み合わせたような大規模神経活動記録とそれによって得られるビッグデータを解析して因果性を抽出して仮説を立てることと、脳科学研究戦略推進プログラムで小林和人先生、渡邉大先生と共同で開発したウィルスベクター2重感染法による経路選択的伝達阻害法を組み合わせることで、これらの大規模な神経回路の機能シフトが起きる「メカニズム」に迫りたいと考えています。特に、ウィルスベクターを用いた特定回路の機能操作法は今後重要な鍵となると考えており、現在も日進月歩で技術改変を行っており、最近では従来の破傷風毒素の発現による神経伝達阻害だけでなく、チャネルロドプシンをウィルスベクターのみを用いて経路選択的に発現させ、経路選択的光遺伝学的活性化にも成功しました。このようにして、本班での研究により、これまで「群盲象を撫でる」と言われても仕方のなかったような脳科学に大きなパラダイムシフトを引き起こしたいと考えています。

 
最近の主要論文
1. Sawada M, Kato K, Kunieda T, Mikuni N, Miyamoto S, Onoe H, Isa T, Nishimura Y (2015) Function of nucleus accumbens in motor control during recovery after spinal cord injury. Science, 350: 98-101.
2. Kinoshita M, Matsui R, Kato S, Hasegawa T, Kasahara H, Isa K, Watakabe A, Yamamori T, Nishimura Y, Alstermark B., Watanabe D, Kobayashi K, Isa T (2012) Genetic dissection of the circuit for hand dexterity in primates. Nature, 487: 235-238.
3. Nishimura Y, Onoe T, Morichika Y, Perfiliev S, Tsukada H, Isa T (2007) Time-dependent central compensatory mechanism of finger dexterity after spinal-cord injury. Science, 318: 1150-1155.

投稿日:2015年04月30日