FUKUSHIMAいのちの最前線
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第3章放射能との闘いFUKUSHIMA いのちの最前線223れない。だからといって,根拠のない安全宣言は,根拠のない危険扇動と同様に危険である。放射線による影響を正しく評価して,それを目に見える形で住民に提示するとともに,かつて欧州諸国がそうであったように,住民自身が学び考えながら生活してゆくことの支援も,われわれの責務の一つと考えている3)。communicationの回復 これまで,中央と地方,事業所や政治・行政と医療拠点間の相互交流が希薄であったことは大きな反省点である。緊急事態においては,個人の信条はさておき,原子力事業所と各医療機関は互いに協力協調し合うことが必要である。ただし,原子力事業所の真摯な情報開示と傾聴姿勢が最低条件であることは言うまでもない。 行政と医療機関の関係については,近年「災害医療アドバイザー」としての医師の役割が行政に認識されつつある。本震災の反省が生かされている部分であろう。 中央と地方の相互交流に関しても大きな問題点が浮き彫りにされた。「安定ヨウ素剤服用に関する考え方」では,中央の伝えたい指示が地方に伝わらなかった。「SPEEDI」に関しては,中央が情報を地方のしかるべき人材に伝えなかった。双方に責任があろうが,これまでのような中央から地方への一方向的通達では問題は解決しないだろう。通信手段の工夫,指揮命令系統の再編による地方首長の指揮代行制の基礎作りが進行していると聞く(コラム)。education:すべての医療者,すべての国民に放射線の正しい基礎知識を 医療者の放射線に関する基本的知識が絶対的に不足していることは,筆者自身の反省でもある。被災前に筆者は,α・β・γ線,中性子線の違い,放射能と放射線,ベクレル(Bq),シーベレト(Sv),グレイ(Gy)の違い,震災前も存在していた体内放射性物質,自然放射線,医療放射線,放射線の影響量と防護量の違い,GMサーベイメータとNaⅠサーベイメータの使い分けなどなど,現在の福島では常識になっていることについて説明ができなかった。読者はいかがであろうか? 一方,ヒロシマ・ナガサキという2度の被爆ばかりか,史上2番目の低線量慢性被曝までをも防ぐこ原子力災害から学ぶこと:次回災害までに解決すべきことおそらく3月13日の未明であったと思う。ERのベッドで休む筆者に電話が取り次がれた。先方は落ち着いた声の女性で,初めて聞く団体名を名乗った。「救急外来の責任者ですか?」と問われ「はい」と筆者が答えると,「原発で事故が起き,大量に傷病者が発生した場合には,そちらに自衛隊を送り,除染させますので,患者の対応をお願いしたいのですが可能でしょうか」 当時は1号機の水素爆発は報道されていたが,具体的な被害状況やましてや傷病者などの情報は皆無であり,まさに寝耳に水であった。「自衛隊が病院に来て除染ですか…。現時点では患者対応に自信がありません」と答えたと思う。「といいますと?」「…現在の被曝医療施設は,事実上箱もので,実際の医療に使われたこともないですし,私自身,被曝医療の経験がありません。すみません」「といいますと?」「私の一存では返答できません」「といいますと?」「私のレベルでは判断ができません。そのような重要な事項は病院の上層部を通していただけるとありがたいです。ちなみにどちらの方ですか?」「…中央の者ですが……」 私では不適当と感じたのか,会話は打ち切られた。しかし,すでに決定事項なのだと言わんばかりの,有無を言わさぬ雰囲気には恐ろしさを感じた。誰からの電話だったのだろうか。記録が消失してしまい,今はわからずじまいである。「国からの指示はこのように下されるのか…」当時のことを思うと,今でも心拍数が増加する。震災の混乱した状況で,中央が唯一現場に伝えてくれた情報だったのかもしれない。しかし,それは一方的な通達であり,コミュニケーションではなかった。不幸中の幸いに,現在までに原発内で同時多数傷病者の発生はない。通達ではなく,コミュニケーションを:「といいますと?」の恐怖コラム

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