リュージュ(龍樹)の伝言

第48回:大きな勝利

2015/07/21

 キューバと米国の国交が54年ぶりに回復した。大きなニュースである。ところで、今月初めに「キューバ、HIV母子感染を撲滅」というニュースが報道されたのをご存知だろうか。実はHIVだけでなく梅毒についても撲滅を宣言している。残念ながら日本のメディアではそれほど大きな扱いがされなかったようにみえるが、ニュースの源は、WHO(世界保健機関)が6月30日付で発表したもので、下記のリンクから読むことができる。

http://www.who.int/mediacentre/news/releases/2015/mtct-hiv-cuba/en/

 

 その中でWHOのMargaret Chan事務局長は、「ひとつのウイルスの感染経路を断つことは、公衆衛生で可能な最も大きな達成だ。これは、私たちのHIVと性行為感染症との長い戦いでの大きな勝利であり、エイズのない時代へ向かう重要な一歩である」と述べている。

“Eliminating transmission of a virus is one of the greatest public health achievements possible. This is a major victory in our long fight against HIV and sexually transmitted infections, and an important step towards having an AIDS-free generation”

 

 これは、WHOとPan American Health Organization(PAHO; 全米保健機構)が米国とカナダも含むアメリカ大陸の31カ国と連携して2010年から開始したプロジェクトによるもので、2020年までに達成することを目指している中で、キューバが一番乗りを果たしたということになる。キューバでは出生前治療、妊婦やその配偶者を対象とするHIV・梅毒などの検査、陽性反応が出た妊婦とその子どもの治療や帝王切開分娩、母乳の代替品提供といった対策を進めてきたという。

 

 母子感染の予防的介入に100%の効果は期待できないので、公衆衛生上問題とならないあるレベル以下までの感染の低下を撲滅と定義している。HIVについては、少なくとも1年間、母子感染による子どものHIV感染が出生10万あたり50人未満であり、HIVの母子感染率が、母乳育児の集団で5%未満、非母乳育児の集団で2%未満というのが、効果についての指標(impact indicators)である。そのためにしなければならないことの指標(process indicators)としては、少なくとも2年間、①95%以上の妊婦(HIV感染について知っている/いないに関わらず)が少なくとも1回妊婦検診を受けている、②95%以上の妊婦が自分のHIV感染について知っている、③95%以上のHIV陽性妊婦が抗レトロウイルス薬を使用していることが、人権に配慮した調査で確認されなければならない。さらに、撲滅を確認された国は、その後もそのプログラムを継続することが求められている。ちなみに、人口1,126万人のキューバで、2013年に新生児のHIV感染はわずか2人、梅毒は3人だった。

 

 このニュースが世界の保健医療にとっても大きな意義をもつことは、BMJがただちにニュースで取り上げたことからもわかる(BMJ 2015;351:h3607)。プライマリ・ケアの整備をめざす私たちにとって、そこで伝えられた2人のコメントは特に重要である。

 

 キューバの公衆衛生大臣Roberto Morales Ojeda氏:

「この達成はキューバの保健医療制度の成功を示している。それは、無料で、利用しやすく、皆保障であり、その主要な強さはプライマリ・ヘルスケアだ。」

 “(My) country’s achievement showed the success of its healthcare system, which is free, accessible, universal and whose main strength is primary healthcare.”

 

 PAHO局長のCarissa Etienne氏:

「キューバの成功は、HIVのような問題に上意下達の保健医療制度では対処できないことを証明している。プライマリ・ヘルスケアを基盤として、すべての人が健康のために利用できる保健医療制度が、どの国にとっても、その国民の健康と幸福を保証するために最も持続可能な方法だ。」

“Cuba’s success proved that ‘vertical’ top-down healthcare systems were not the way to manage and treat diseases such as HIV. Health systems based on primary healthcare and universal access to health are the best and most sustainable way for any country to ensure the health and wellbeing of its people.”

 

 キューバは社会制度が異なるから例外だ、という議論も日本では聞かれるが、私たちが実際にキューバを訪問して目を見張ったことは、「保健医療の最も基本的かつ重要なプレイヤーとして家庭医が根付いていること」だった。Etienne氏が言うように、どんな社会でも目指すべきものなのだ。プライマリ・(メディカル)ケア(医療)とプライマリ・ヘルスケア(公衆衛生)とを分けて考える人もいるが、今回の例を見てもわかるように、真のジェネラリストである家庭医・総合診療専門医はその境を越えて活躍すべきであり、一緒にして考えた方が良いだろう。診察室へやって来る患者だけを診療していては、今回のような達成は不可能だ。

https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03121_03

 

 WONCA(世界家庭医機構)現会長のMichael Kidd教授も、2014年キューバを訪問した手記の中で、「キューバは小さな島国だが、プライマリ・ケアを基盤とした医療制度は多くの富める国々がうらやんでいる」と書いている。

http://www.globalfamilydoctor.com/News/FromthePresidentLessonsfromCubaandCanada.aspx

 

 嬉しいことに、今年の11月、ハバナ医科大学から私たちの友人Niurka Taureaux Díaz家庭医療学講座主任准教授が来日する。今回の「大きな勝利」について、彼女たちがどのようにそれを計画し、達成していったのかについて直接話を聴けるのを楽しみにしている。



リュージュ(龍樹)の伝言
カテゴリ
見学・実習希望
勉強会開催予定
フェイスブック公式ページ

pagetop