研究成果

側坐核シェル領域のドパミンD1とD2受容体含有ニューロンは行動感作において異なる役割をもつ
小林和人(領域代表)
福島県立医科大学

Differential roles of dopamine D1 and D2 receptor-containing neurons of the nucleus accumbens shell in behavioral sensitization.
Kai N, Nishizawa K, Tsutsui Y, Ueda S, Kobayashi K.
J Neurochem. 135(6):1232-41(2015)

覚醒剤は中脳のドパミン神経を活性化し、精神的・身体的に強い依存状態をもたらします。側坐核は中脳よりドパミン投射を受け、依存性薬物に対する感受性の亢進(行動感作)に関与することが知られています。側坐核はシェルとコアと呼ばれるサブ領域から構成され、ドパミンD1受容体(D1R)あるいはドパミンD2受容体(D2R)を発現する2種類の中型有蕀細胞を含有しています。しかし、各サブタイプの神経細胞が行動感作にどのように関わるのかは十分理解されていませんでした。

本研究では、側坐核シェル領域における各サブタイプの細胞が選択的に除去されたマウスを作製し、メタンフェタミンによる行動感作を調べました。側坐核シェル領域におけるD1R含有細胞の除去は、行動感作形成の遅延と、ドパミン放出量の抑制を示すことがわかりました。一方D2R含有細胞の除去は、マイルドな行動感作形成の促進を示しました。以上の結果は、側坐核シェル領域のD1R含有細胞とD2R含有細胞は行動感作の形成においてそれぞれ異なった役割を持つことを示唆しています。

投稿日:2016年02月09日

脳卒中後の麻痺肢強制使用リハビリテーションは脳の配線を変え、機能の回復を導く
伊佐正(計画班員)
京都大学/生理学研究所

Causal link between the cortico-rubral pathway and functional recovery through forced impaired limb use in rats with stroke.
Ishida M, Isa K, Umeda T, Kobayashi K, Kobayashi K, Hida H, Isa T
Journal of Neuroscience (2015)

脳卒中後のリハビリテーションは運動機能の回復にとって重要です。これまでに、脳卒中後に集中的にリハビリテーションを行うことで、神経細胞の突起の伸びが良くなる事などが報告されていました。しかし、リハビリテーションによる神経回路の変化と運動機能の回復との間に因果関係があるかに関しては解明されていませんでした。
今回、私たちは、脳出血を生じさせたラットに集中的なリハビリテーションを実施させる事で、運動機能を司る大脳皮質の「運動野」から進化的に古い部位である脳幹の「赤核」へと伸びる軸索が増加することを見出しました。さらに、この神経回路の強化が運動機能の回復に必要である事を、最先端のウィルスベクターによる神経回路操作技術(ウィルスベクター二重感染法を駆使して証明しました。この研究結果は、脳損傷後のリハビリテーションの作用メカニズムの一端を示すものであり、より効果的なリハビリテーション法の開発に寄与するものと考えられます。

本研究のポイント:脳出血後の集中的なリハビリは運動野-赤核間の軸索の投射を増加させ、それにより運動機能の回復を導く

【 解 説 】 脳出血により運動野―脊髄を結ぶ皮質脊髄路が傷害を受けると、片麻痺が生じます。しかし、麻痺した前肢を集中的に使用させると、運動野から赤核への投射が増加しました。赤核からは下オリーブ核を経由し小脳へ、また直接脊髄へと軸索が伸びており、四肢の運動に関わっていることが知られています。

本研究では、集中的なリハビリテーションにより、赤核を介した経路が活用された事が示唆されました。今後、赤核以外の脳幹の運動性神経核の関与も検討すべき課題です。ヒトでは、赤核の役割がげっ歯類に比べて多くないとされていますが、今回の結果は、同様な大脳皮質から脳幹の諸核への投射の増加が機能回復に重要であるということを示唆しています。

投稿日:2016年01月15日

グルタミン酸クリアランス障害マウスにおける小脳選択的適応代償解除による運動学習障害の重篤化
木下専(公募班員)
名古屋大学

A CDC42EP4/septin-based perisynaptic glial scaffold facilitates glutamate clearance
Ageta-Ishihara N, Yamazaki M, Konno K, Nakayama H, Abe M, Hashimoto K, Nishioka T, Kaibuchi K, Hattori S, Miyakawa T, Tanaka K, Huda F, Hirai H, Hashimoto K, Watanabe M, Sakimura K, Kinoshita M.
Nature Communications 6:10090 (2015)

神経伝達物質グルタミン酸をシナプスから浄化するしくみに迫る

【研究の背景】
 ヒトの脳は900億個もの神経細胞(ニューロン)がシナプス(接続装置)を通じて複数のニューロンと連絡する複雑なネットワークです。ニューロンの活動に応じてシナプスから放出される神経伝達物質は、後続のニューロンの活動を高める「興奮性」と、活動を抑える「抑制性」に大別され、最も重要な興奮性神経伝達物質がグルタミン酸(アミノ酸)です。シナプスから細胞外へと放出されたグルタミン酸は迅速に除去されますが、その効率が落ちるとグルタミン酸がシナプス周囲に残留し、ニューロンの興奮が長時間持続するために神経機能に支障をきたします。さらに、ニューロンの興奮が連鎖的に伝播して「てんかん」発作を引き起こしたり、細胞死を誘発するなど、病態をもたらす「有害」物質となります。
 グリア細胞はニューロンとほぼ同数存在し、その過半数を占めるアストログリアは使用済みの神経伝達物質を吸収・代謝することで脳内環境を浄化し、恒常性を維持する役割を担っています。グリア細胞の表面にはナトリウムイオンや水素イオンとともにグルタミン酸を細胞内に取り込むトランスポーター(膜蛋白質)が存在し、グルタミン酸が絶えず放出されるシナプス周囲に集中しています。(グリア細胞内に回収されたグルタミン酸は無害なグルタミンに代謝されてニューロンに戻され、グルタミン酸へとリサイクルされます。)トランスポーターがシナプス周囲に集積することはグルタミン酸除去の効率化に寄与すると推測されますが、検証されたことはなく、そのしくみも不明でした。

【本研究の成果】
 シナプスを包み込むグリア細胞の突起の中にCDC42EP4、セプチン、ミオシンなど10種類以上の蛋白質成分を含む複合体が存在し、トランスポーターをつなぎ留める足場ないし囲い込むフェンスとして機能することによって、トランスポーターをシナプス周囲に集積させていることを示しました。CDC42EP4の役割は全く不明でしたが、この蛋白質を欠損させたマウスでは、トランスポーターがシナプス周囲から遠ざかり、グルタミン酸浄化効率が低下し、運動能力が低下したことから、小脳の運動制御機能に必須であることがわかりました。
 小脳の神経回路は可塑性や予備能に富み、かなりの異常があっても代償・軽減されることが知られています。そこで、CDC42EP4欠損マウスにトランスポーター阻害剤を投与したところ、正常なマウスには全く影響を与えない低容量にも過敏に反応して運動障害が著しく悪化しました。すなわち、代償作用によって隠されていたグルタミン酸浄化機能の障害が薬剤によって一時的に顕在化したといえます。ヒトの疾患においても、多様な原因によるグルタミン酸浄化機能の障害が潜在していると推測されるため、この手法を改良すれば、現在は見過ごされている脆弱性を早期・鋭敏に検出できる新たな負荷試験の開発につながる可能性があります。

 

図 グリア細胞によるシナプス間隙からのグルタミン酸の除去とその異常

投稿日:2015年12月11日

視床線条体投射とストリオソーム・マトリックス構造
藤山文乃先生(計画班員)
同志社大学

Quantitative Analyses of the Projection of individual Neurons from the Midline Thalamic Nuclei to the Striosome and Matrix Compartments of the Rat Striatum.
UnzaiT , Kuramoto E, Kaneko T, Fujiyama F.
Cerebral Cortex  (in press)

視床から線条体への投射は, 主として髄板内核群(とくに正中中心核と束傍核)からおこることが知られていますが, 室傍核や結合核といった正中核群からも少なからぬ投射を受けています。 この視床線条体投射と線条体のストリオソーム・マトリックスというコンパートメント構造の関係では、束傍核からの入力は主にマトリックスに終止するという報告がサルやラットでされていました。一方, ストリオソームに特異的に投射する視床核はネコでは中心線核が報告されているものの (Ragsdale and Graybiel, J Comp Neurol, 1991)、他の動物種では明らかにされていませんでした。私たちは視床から線条体への興奮性入力はマトリックスに比べるとストリオソームへの入力は3分の1程度であることやシナプス構造が違うことなどを報告しており (Fujiyama et al., Eur J Neurosci. 2006)、このことから視床線条体入力においてストリオソームとマトリックス各々に特徴的なネットワークがあるのではないかと考え、膜移行性シグナルをつけたウイルスベクタによる単一ニューロントレースを行いました。その結果、束傍核はマトリックスに優位に、正中核群からはストリオソーム優位に、束傍核以外の髄板内核群からはストリオソームとマトリックスに同程度の投射があることがわかりました。さらに、ストリオソームやマトリックスに特異的に投射する視床亜核の大脳皮質への投射先は、その視床亜核が投射している線条体のコンパートメントに優位に投射している皮質領域であることがわかりました。つまり、線条体のストリオソーム・マトリックス構造は、視床と大脳皮質から、時間差で同質の情報を受け取っている可能性があることが示唆されました。

束傍核はマトリックスに優位に(左)、正中核群からはストリオソーム優位に(右)投射している

投稿日:2015年11月18日

レアメタル・ナノ粒子の光で脳細胞を活性化-近赤外光信号によるオン・オフ制御の実現
八尾寛(公募班員)
東北大学

Near-infrared (NIR) up-conversion optogenetics
Shoko Hososhima, Hideya Yuasa, Toru Ishizuka, Mohammad Razuanul Hoque, Takayuki Yamashita, Akihiro Yamanaka, Eriko Sugano, Hiroshi Tomita & Hiromu Yawo
Scientific Reports 5, 16533 (2015)

チャネルロドプシンなどの光感受性機能タンパク質を神経細胞に作らせ、光のオン・オフで神経細胞の活動をコントロールする技術は、光遺伝学(オプト ジェネティクス)とよばれ、生きている動物のねらった神経細胞の活動だけを、自由自在に変化させることができることから、この 10 年間に、脳機能研究に大きな革新をもたらしてきました。また、視覚再建をはじめ、さまざまな神経疾 患の治療につながる技術として注目されています。しかし、可視光は大半が生 体組織において吸収され、減衰してしまいます。これに対し、近赤外光は生体組織による吸収が低いので,この帯域は「生体の窓」と呼ばれ、生体深部での光操作には理想的であるとされてきました。しかし、近赤外光信号を神経細胞 に伝える方法が、これまでありませんでした。研究チームは、レアメタル元素 からなる結晶体のランタニドナノ粒子の、近赤外光エネルギーを吸収し,青、 緑、赤などの可視光を発光する性質(アップコンバージョン(*4))に注目し、ラ ンタニドナノ粒子をドナーとして近赤外光エネルギーを可視光に変換し,チャ ネルロドプシンなどの光感受性タンパク質をアクセプターとして神経細胞活動を制御するシステムを考案し、実験的に動作確認することに、世界に先駆けて 成功しました(図)。具体的には、植物プランクトンの一種ボルボックスから得 られた高感度のチャネルロドプシンを発現したラット大脳皮質ニューロンをラ ンタニドナノ粒子の近くに置き、近赤外レーザーを照射したところ、レーザー パルスのオン・オフに同期して活動電位の発生が制御されました。アップコンバージョン効率やチャネルロドプシン感度の改良などにより、生体深部の近赤 外光操作が実用化されることが期待されます。

図 神経細胞の近赤外光制御

(左)近赤外光を外から照射すると、脳内に投与したランタニドナノ粒子(LNP)を光 らせることができる。
(右)この光でチャネルロドプシンを活性化することにより、神 経細胞を活動させることに成功した。

投稿日:2015年11月12日