FUKUSHIMAいのちの最前線
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第2章福島医大関係者行動記録〈手記とメッセージ〉FUKUSHIMA いのちの最前線79ても大切なのだと気づかされました。改めて「話す」ということの根本的な役割を認識させられるとともに、避難所の方々につきましては、少しでも心の重荷を下ろしてもらえる一助になれたならば幸いと感じております。 福島を含む東北地方はこれからが正念場ですが、相補的に協力しあって一日も早く復興することを願っています。また私も、今回の経験で得たことを将来社会に還元していきたいと思っております。 はじめに、今回の震災で被災された方々、またお亡くなりになられた方々にお悔やみを申し上げます。 私がお手伝いさせていただいたのは、外来での放射線スクリーニングと避難所などでのアンケート調査です。それらを通して感じたことは、どの方も、長引く避難生活によってお疲れになっている上に、「放射線に対する恐怖」そして「報道に対する不信感」というものを非常にお持ちだということでした。そういった不安感を少しでも取り除いてさしあげるために、早急にみなさまに放射線についての正しい知識を広める必要があると思いました。 また、ある方が、「いまどきの若者は思いやりのない冷たい人ばかりだと思っていたが間違いだった。多くの若者がボランティアに参加する姿を見て感動した。日本はきっと大丈夫だと思う。」とおっしゃっていたのが印象的でした。私はまだ何もできない医学生であり、そのことをとても悔しく感じてます。しかし、いつか日本が、福島がこの悲劇を乗り越えることができる日が来るまで、微力ながら自分のできることを続けていこうと思います。 このたびの東日本大震災により被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。 私は1週間にわたって県内(主に福島市内)の避難所を訪問し、被災者の皆さんに「放射線に関するアンケート」にご協力頂きました。初めにアンケートの趣旨と、どんなことをフィードバックできるのかをしっかり説明し、被災者の一人一人と20〜30分ぐらいじっくり話をする形で進めました。怒っている人も多く、色々と困難もありましたが、100人近くの被災者にお話を聞くことができました。やはり浜通りの方々は津波の被害や原発による退避命令による心労が大きく、Svや放射線が人体に与える影響についての知識を得る余裕もないようでした。一人で避難していたご老人は知り合いもいない環境の中で、3日間ほとんど会話が無かったようで、沢山のことを話して下さいました。 今後の避難について、特に小中学生のお子さんのいる家族はかなり悩んでいる様子でした。子どもの学校を考えると遠くへ避難したくはないが、放射線は特に子どもへの影響が大きいので出来るだけ遠くまで避難したいというジレンマに陥っているようでした。また、原発で作業中の息子がいるのに自分だけ遠くに避難できないという方もいれば、遠くに避難したくても行く当てのないという方も多かったです。 避難所には被災者の支援のために活動している方々が沢山いました。「仕事」だからやっているという意識ではなく、「被災者を助けてあげたい」という強い思いが伝わってきて、大きく気持ちが揺さぶられました。そこには損得の感情ではなく、人の本当の優しさや力強さがあったと思います。今後も出来る限りのことをし、復興に協力していきたいです。医学部4年 齋藤 伴樹医学部4年舟窪 彰福島県出身(県立会津高校)避難所を訪問して 東北・関東大震災で被災された皆様におかれましては、心よりお見舞い申し上げます。私自身、いわき市出身で、原子力発電所は昔からとても身近な存在でした。今回の原発事故は今でも信じられませんが、日々の診療から現実なのだと思い知らされております。 様々なうわさがとびかい、風評被害にも悩まされております。しかし、いかなる状況であっても病で苦しんでいる患者さんを助けたいという医療者の思いの強さを肌で感じ、また自分がその一員であることに誇りを持って日々の診療にあたっております。これから復興に向けて更なる努力が必要となると思いますが、我々は医療の側面から皆様のお役に立てるよう全力を尽くして参りたいと思います。研修医からのメッセージ研修医1年次金内 洋一福島県出身(県立磐城高校)

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