FUKUSHIMAいのちの最前線
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580速」の大切さです。 「地獄への道は善意で舗装されている(カール・マルクス)」という箴言は、現実でした。危急存亡の秋(とき)は、皆良かれと思って思い思いに意見を述べたり、行動したりします。これは、各自が善意からの行為だけに厄介です。優先順位の無視、権限外への介入、感情過多の言動はこういう場合、百害あって一利なしです。 非常時には、肚をくくっての強いリーダーシップの発揮、そして拙速(スピード)が大切であることも実感しました。良い意味での「朝令暮改」の勧めです。それを担保するのは、トップの責任です。それと、為すべき事にトップが優先順位をつけることです。何故なら、限られた人と時間で、一度に出来ることは限られているからです。情報を共有しての衆議独裁の確立です。この決断は、孤独で、そして時の評価に委ねられることになりますが、そこから逃げては組織と一体となった動きは生まれません。 第3に、「大学と政府や自治体との連携」は必須です。幸い、本学は県との連携が緊密で、執行部間の信頼関係は強固です。普段からの良好な意思疎通が、非常時には威力を発揮します。今度の震災で、本学に求められたのは原発事故に対する医療面での対応です。この点については、文科省の支援と提言が大きな支えになりました。非常時には大学だけではその機能を発揮できません。対策本部としての国や県、自己完結組織としての自衛隊、あるいは消防隊や警察との共同作業は欠かせません。有事の発生時の対策本部は混乱を極めているので、各部署のトップとホットラインを作っておくのが一つの解決肢です。 第4に、「放射線教育の不足」への対応が必要です。当初は、医療従事者を含め多くの県民が不安で、浮き足立ちました。私を含めた医療従事者の“放射線”に対する知識は、とても国民を安心させることができるレベルではありません。これだけ原子力発電所を抱えているわが国では、これを機会に医学教育カリキュラムを再検討する必要があります。義務教育の段階から科学としての放射線を教育しておくことが求められます。何故なら、当分は否応なく原子力発電にエネルギ一政策の根幹を置かざるを得ないからです。 第5に、原子力に関わる研究者や技術者に若手が少ないという印象を受けました。もしそれが事実なら、若手の育成が急務です。 最後に、「安全と安心の峻別」の必要性です。安全はコストの問題ですが、安心は心の問題です。これを混同して議論すると何もまとまりません。そもそも安全など保証されている安心な世の中など存在しないという事実に向き合うべきです。私を含め、面倒なことはすべてお上任せであったのではと反省しています。結局、誰もが目の前のリスクから回避していたのではないかと思わざるを得ません。 原発事故の収束後、一度、次の世代の為に何を伝えるべきかを熟慮してみます。何故なら、本学の新たな歴史的使命のーつとして、この事故対応の全てを記録し、それを次の世代に伝えていく責務があるからです。平成22年度福島県立医科大学第58回学位記授与者・第47回大学院学位記授与者に対する学長からのメッセージ 3月11日に発生した東北関東大震災は、歴史上例をみない被害を我が国にもたらしました。本県での原子力発電所の事故は、現代科学が直面した初めての危機です。このような状況の下、人生の節目である学位記授与式の開催を断念することは断腸の極みです。せめて、大学の君達への思いを式辞に託して君達を送り出します。 入学以来、今日まで、親身に御指導いただきました先生方に心より感謝を申し上げます。また、この日を誰よりも待ち望んでこられた保護者の方々には、お子様の栄えある姿を前に、これまでの歩みを振り返り感慨もまたひとしおのことと存じます。 卒業式は「過去の提示」と、「未来の覚悟」を表明する場であると言われています。そして、本日手にした学位記は、皆さんがこれまで習得した医学・看護学を現場で実践する医療のプロとして修業することを認める許可証です。そのような中で、皆さんは、本日から真の医療のプロとして生きていくことを求められます。 プロフェッショナリズムとは、まず、目的に対する単純強固な意志です。 第二に、低い水準における満足感の拒否です。 第三に、栄光の影の骨身を削る努力です。 最後に、自らの努力無くして人生の果実を期待しないことです。このプロの精神を、これからの日々、平成22年度卒業 第58回学位記授与者・第47回大学院学位記授与者へ2011年3月24日掲載「医師としてのマナー」学長からの手紙

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