FUKUSHIMAいのちの最前線
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第5章次世代へ伝えるFUKUSHIMA いのちの最前線561はじめに 2011年3月11日に発生した東日本大震災から1年が過ぎました。この間,全国の皆さまから,医療活動,被災地の復旧活動,避難所運営などの支援,義援金や物資などの提供,さらには福島県産農産物の応援など,幅広い分野で心温まる御支援をいただきました。誌面をお借りして,心より感謝と御礼を申し上げます。現 状 震災から1年が過ぎ,全国各地でさまざまな追悼式典が行われる一方で,福島から避難した子供が保育園入園を拒否され人権救済を申し立てるなど,いまだ国民に放射線リスクに対する正しい考え方が浸透するには至っていない。「放射能」,「炉心溶融」,「汚染」や「被ばく」などの言葉が現実的な恐怖を想起させ,原爆体験のみならず,9.11のアメリカ同時多発テロに対するのに似た感情や報道が錯綜している。これは,放射能が単に核兵器を連想させるだけではなく,放射能が内包する危機性に関する知識が正しく理解されず,日本国民全体にリスク論的立場で普段の生活について議論する力が不足していることによる。広島・長崎の原爆被ばく者の急性放射線障害は,間違いなく大量被ばくの重篤性を明示した。また,慢性放射線障害ではその発癌リスクの増加が証明されている。一方,今回の福島のような低線量の放射線被ばくの健康影響は不確実な事象でもあり,唯一,疫学調査の結果からその発癌リスクが議論されてきたが,防護上は閾値(しきい値)なしの直線モデルに従って,無益無用な放射線被ばくについて厳しく規制されている。 複合災害の結果発生した東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)事故は,東京電力や政府の責任は免れず,原子炉の損傷とそれに伴う最悪の産業クライシスの1つである。しかし,AIDSやSARS,そしてインフルエンザのような健康クライシスではない。すなわち放射能がうつるとか,健康影響が蔓延していくという類のものではあり得ない。にもかかわらず,事故が発生して以来,福島県外でもペットボトルや電池の買い占め騒動などが起こり,関東圏からの避難現象も起こった。さらに,種々の物理的単位や放射線防護基準,さらに生物影響から健康リスクに関する情報までが巷にあふれ,環境汚染のなかで安全か危険かの両極端の話に引きずられるような世論が形成されてきた。事故当初は,誰もが正確な情報を入手できず,報道各社はさまざまな情報源から放射線被害に関する情報を収集し,多様な媒体を通じて世間へ公表していた。公表された情報には信頼性が低いもの,科学的根拠が希薄なもの,無責任に恐怖や不安を煽るものなども含まれ,情報の錯綜と混乱は東京電力や政府への不信感とも重なり,その深刻度を増してきている。その後も情報災害の様相は改善するどころか,福島にあっては風評被害の結果いわれなき差別や偏見に曝され,そのうえ現在も続く環境放射能汚染の地に暮らす住民の苦労は大きなものがある。まさに錯綜する情報と不信感から,本事故の影響に関して暗澹たる不安と怒りが蓄積されている。 現在の福島は1960年代のフォールアウト(1940年代中頃から行われた大気圏内核実験により環境中に放出された人工放射性核種の降下)から受けていた内部被ばくのそれと大差ないことを種々のデータが示している(図1)。この時代に幼少期をすごした先人が今日の長寿国日本を築いた。放射線の健康リスクは喫煙・飲酒あるいはヘルメットなしの自転車走行よりも低いのである。これらのサイエンス(科学的事実)とポリシー(放射線防護)についての考えかたは「http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g16.html」に明快に説明されており,参考にしていただきたい。消化器外科 2012年5月 第35巻第6号(へるす出版)掲載東日本大震災後の歩みと未来への取り組み福島県立医科大学副理事長・器官制御外科学講座主任教授 竹之下 誠一同器官制御外科学講座 中 村 泉東日本大震災特別報告(福島発)―悲劇から奇跡へ3

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