FUKUSHIMAいのちの最前線
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第5章次世代へ伝えるFUKUSHIMA いのちの最前線543調査との比較が理解の一助となります。 放射線の健康影響を考える時の基礎データとしては、原爆被爆者を長年追跡調査している放射線影響研究所のデータが、外部被ばく線量評価とがん登録・死因追跡の精度管理の点で世界一です。 原爆被災という誠に不幸な出来事が、科学的知見の集積に貢献し、原子放射線の影響を調査検討する国連科学委員会(UNSCEAR)を立ち上げ、さらに戦前から職業被ばくの規制など放射線安全防護の基準や政策立案に貢献してきた、国際放射線防護委員会(ICRP)の活動の基本となっているのです。 これらの科学的知見に基づく政策立案を受けて、国際原子力機関(IAEA)が基本安全基準(Basic Safety Standard:BSS)を策定し、この勧告に従い日本を含む各国は国の事情に応じた安全防護基準を策定しています。 しかし、事故直後から今日に至るまでの被ばくリスクに関する議論を聞くと、国際基準の防護の規制数値(閾しきい値なしの直線発がんリスクモデル)が一人歩きし、その意味や生物学的尺度が十分に理解されていないようです。特に放射線生物学の理解不足が露呈しました。こうした分野の情報不足が皮肉にも情報氾濫を引き起こし、専門家に対する信頼が揺らぎ、結果的に国民全体に「放射能恐怖症」が蔓延してしまいました。放射能恐怖症は世界的課題 実は、放射能恐怖症が生じる原因について国際会議の場では長く議論されてきました。東西冷戦構造時代の核戦争を想定した対応から、チェルノブイリ原発事故後の混乱への反省、最近では9・11以降の核テロ対策など、有事の際に広がる放射能恐怖症の対応は、国際的な課題でもあるのです。 放射線や放射能に対する恐怖や不安は、広く身体不調の要因となることが知られています。であればこそ、恐怖や不安に応える現場の医療人の役割は非常に重要で、良質の医療そのものが現場でのリスクコミュニケーションとなります。 福島県民は今、現存被ばく状況下での生活を余儀なくされています。そのため福島県は昨年5月から、県民の長期にわたる健康管理と治療への活用を目的に「健康見守り事業(県民健康管理調査事業)」を開始しました。同事業は国の基金を活用した県の委託事業として福島県立医大で実施されています。 ゼロからのスタートでしたが関係各位の努力により、9月には学内に事業を運営する放射線医学県民健康管理センターが正式に立ち上がり、現在は「基本調査」と4つの「詳細調査」を推進しています。少ない専任職員による運営のため県内外への対応に限界があり、多い時には1日300件を超す問い合わせや苦情が殺到した戦場のような事業の立ち上げ時からこれまで、後手後手の活動を余儀なくされています。それでも県や大学の職員、他県からの派遣職員などで構成される80名超のセンター職員、コールセンター対応のスタッフは日々、懸命に努力してくれています。彼らの奮闘には本当に頭が下がる思いです。 調査事業を検討する福島県の「県民健康管理調査検討委員会」がすでに6回開催されており、現在、大学理事長の強いリーダーシップのもと諸課題の克服が図られています。被ばく線量を推計する「基本調査」 県民健康管理調査事業について紹介します。 「基本調査」では全県民を対象に、空間線量が最も高かった時期の外部被ばく線量の推計等を行うため、震災後4ヵ月間の行動記録を中心に問診票による郵送調査を実施しています。行動記録と空間線量情報を吟味し、放射線医学総合研究所が開発した解析ソフトから mSv/4ヵ月の積算線量を推定します。 今年1月31日現在で約205万人に問診票を発送し、約43万人の回答を得ています(回収率21%)。比較的高線量が予想された先行実施地域(川俣町山木屋地区、浪江町、飯舘村の2万9000人、回収率52%)のうち、1万468人の調査結果を2月20日に公表しました。放射線業務従事経験者以外の9747人では、全体の99.3%が10mSv未満で、最高値は23.0mSvでした。検討委員会では「これにより放射線による健康被害は考えにくい」状況と評価していますが、今後も被ばく線量低減に向けた努力と健康管理が求められます。情報不足が情報氾濫を引き起こした健康見守り事業を昨年5月から開始

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