FUKUSHIMAいのちの最前線
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542 未曾有の東日本大震災から1年が経過しました。今なお多くの苦しみや困難を抱えておられる被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。 震災以降、私自身が長崎から福島へ居を移し、福島県立医大の被ばく医療班と放射線医学県民健康管理センターの新しい仲間とともに福島県の「放射線健康リスク管理」について、微力ですが日々尽力しています。同時に、これまで私が活動拠点としていた長崎大学からの応援を背に受けて、福島の復興と再生のために努力を続けています。 今回の原発事故の経験を踏まえ医療関係者は、平時からの放射線災害医療の備えと、現存被ばく状況下での健康リスク、すなわち確率論的な放射線発がんの考え方を理解することが求められています。 「原発事故と医療人のあり方」も事故を契機に初めて真剣に問われています。現在福島では平時の年間積算線量1mSvに向けた環境改善(除染)活動が推進されていますが、その活動内容については、優先順位と個人の被ばく線量の低減効果、コスト・ベネフィットの問題も合わせた冷静な議論が必要です。 この1年間を振り返ると、誤解が多い放射能の報道、とりわけゴシップ誌による事実無根、誤認、曲解の嵐の渦は、まさに情報災害の様相を呈しました。このような状況で冷静に課題に対処するためには、放射線防護の国際基準を知ることが重要です。 さらに、契約社会である人間社会に降りかかった災難への対応を考えた時、その科学的アプローチの一つが精度管理された疫学調査です。これは、今回のように自然災害に人災が重なった複合災害の場合でも同様です。 そこで本リポートでは、健康リスク管理における疫学調査と体系化された防護基準の重要性について紹介し、福島県が実施している「県民健康管理調査事業」について全国の医療関係者のご理解をいただきたいと思います。 これまで科学的に明らかになっている被ばくの健康影響は、広島、長崎のような一度の大量放射線被ばく(1000mSv以上)による急性放射線障害(=確定的影響)と、線量依存性(100〜4000mSv)の発がんリスク(=確率的影響)に分けられます。 個々の遺伝子や細胞レベルの障害が直ちに発がんリスクに結びつくものではありません。個体の全身応答(免疫、内分泌、神経系など)の総合的な健康影響が発がんプロセスにも関与します。そのため多くの環境因子以外にも、細胞周期や遺伝子損傷修復関連遺伝子群の異常と遺伝子多型など、放射線感受性に関する内在因子の関与も考慮する必要があります。 以上から、被ばくと疾病の因果関係を証明するためには、信頼に足る疫学調査が重要です。発がんリスクには放射線以外の因子も数多く存在するため、これらのリスク因子を可能な限り排除することが、最終的なリスク低減・阻止に望ましいことになります。 今回の事放による健康影響は、一度に被ばくした、それも外部被ばくの線量依存性の発がんリスク増加への懸念とは異なり、それよりもはるかに線量が低い慢性微量被ばくの健康影響ですから、自然放射線レベルが高い地域やパイロットなど他の集団の疫学日本医事新報 №4584〈2012.3.3〉「連載第5回 福島リポート」掲載復興と再生の一助となるために福島県立医科大学副学長 山下 俊一*県民健康管理調査事業*やました しゅんいち 1952年長崎県生まれ。78年長崎大卒。原発事故後、同大学院医歯薬学総合研究科長を辞して福島県立医大副学長、同大放射線医学県民健康管理センター長。県民健康管理調査検討委員会座長、日本甲状腺学会理事長も務める。被爆二世。誤解、誤認、曲解の嵐の渦の中で因果関係の証明には疫学調査が重要

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