FUKUSHIMAいのちの最前線
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第5章次世代へ伝えるFUKUSHIMA いのちの最前線539 東日本大震災と原子力発電所事故によって、日本のプライマリ・ケアのシステムの脆弱さがより顕著になったと言える。 プライマリ・ケアの意味するものは時代とともに進化してきたが、世界保健機関(WHO)が2008年に発表した「Primary Health Care:Now More Than Ever」を考慮した筆者の現時点での定義は、「日常よく遭遇する病気や健康問題の大部分を患者中心に解決できるだけでなく、医療・介護の適正利用や予防、健康維持・増進においても、利用者との継続的なパートナーシップを築きながら、地域内外の各種サービスと連携するハブ機能を持ち、家族と地域の実情を考慮して提供されるサービス」である。このプライマリ・ケアが日本には育っていない。 病院の専門医療と地域を基盤とするプライマリ・ケアとの良い連携は、災害急性期から必要なものだが、実際には、多くのプライマリ・ケア医が診療を中断し、地域を守るネットワークとして働かなかった。その結果、プライマリ・ケアが必要な人たちも病院へ押し寄せ、病院の2次・3次ケア機能が低下してしまった。このような状況下では、弱者(高齢者、幼小児、妊婦、授乳、慢性疾患、精神疾患、多くの併存症)のケアは容易に後回しになってしまう。 全国から種々の災害支援チームおよび個人が被災地にやってきたが、対象となる患者の気持ち、家族の実情、地域の特性についての理解と継続性が乏しい散発的な支援は、プライマリ・ケアになじまず、受け入れる地元の自治体などに負担を強いる結果となった。 日本のプライマリ・ケアのもう一つの弱点は、地域にいる全住民の健康状態を把握できるデータベースがないことだ。災害後、筆者は福島第一原発から20〜30㎞圏内に住む自力移動困難者を探してケアするミッションに従事したが、その際、地域住民の健康状態や健康ニーズについての正確な全体像を把握するのが大変困難だった。対象者を見つけるために様々な名簿などを突合させ電話でも情報を集めたが、最終的には訪問してみて初めて状態が分かることも少なくなかった。さらに、大災害では県内外への避難や移動が多く、状況を複雑にした。 プライマリ・ケアのネットワークがあり、地域住民すべての健康状態がケアを担当する家庭医に把握されデータベース化されていれば、ある地域が被災しても、周辺のプライマリ・ケアのハブがそのデータベースを基に適切な支援を早期に開始できるだろう。 福島県の被災地をさらに苦しめているのは放射能の脅威である。長期的な微量放射能のリスク、特に健康への確率的影響について地域住民に理解してもらうことは容易ではない。科学的なエビデンスをもとに「福島県に住むことは安全である」「妊娠・出産・母乳育児も大丈夫」という明確なメッセージは出されているが、様々なノイズがそれをかき消し不安を煽っている。ここでも、地域を基盤としたプライマリ・ケアが機能していれば、地域に生き地域で働く家庭医が共感を持って住民の不安をその背景から理解してケアし、十分な説明によって安心・納得へと導くことができるだろう。 被災地の復興プランに盛り込まれる地域包括ケア実現への最優先プロジェクトとして、プライマリ・ケアを専門に担う家庭医を含むチームの人材育成を「被災地域を舞台に進める」ことを強く提唱したい。Medical ASAHI 2011 December掲載プライマリ・ケア専門チームの育成を福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座 主任教授葛西 龍樹福島県の医療再生:私はこう考える

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