FUKUSHIMAいのちの最前線
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384フクシマの教訓─放射能被ばく事故に学ぶこころのケアは,相双地域,いわき地域で多かった。しかしながら,実際の放射線測定値が高い地域はいわき市よりも福島市,二本松市,郡山市などの県北,県中地域に多い傾向があり,放射線被ばくへの恐れを感じる度合いは実際の放射線測定値と相関するものではない可能性がある。 放射線被ばくへの恐れが関連した入院の入院時状態像は幻覚妄想状態(37.8%)が多い一方,全入院患者の傾向に比べてうつ状態が少ない傾向にあった(10.8%)。放射線被ばくへの恐れが関連した入院の入院時診断で多かった病名は統合失調症圏(48.6%)であった。つまり,放射線被ばくへの不安がさまざまな疾患の増悪要因になった可能性があるが,特に統合失調症圏の患者の増悪が目立つ結果となった。原子力災害時の特徴は,目に見えない持続的恐怖があるにも関わらず,それに対処するだけの情報がなく,いつ事態が好転するかわからないために,漠然とした強いストレスに持続的に暴露されることである。いわゆる放射線恐怖症(Radiophobia, Radia­tion phobia)は,広島・長崎への原爆投下に関連して1950年頃に認知され9),チェルノブイリ原子力発電所事故で広く知られるようになった8)といわれる。本調査においても,放射線被ばくの恐れが関連した入院患者の中には一部不安が高じ,放射線恐怖症の状態を呈した方も含まれると思われるが,放射線恐怖症の過剰な診断は,実際の放射線被ばく後遺症の実態を歪曲してしまう危険性があるため,慎重さが求められる。 いずれにしても,このような持続的ストレスのもとで,元来ストレス脆弱性を持つ統合失調症圏の患者,統合失調症の負因を持つ者が,放射線被ばくによる健康被害が起こるのではないかという強い不安を契機に症状が増悪したり,発症したことが推定される。放射線被ばくへの恐れが入院の要因としてどれくらい寄与したかなど,今後より詳細な追跡調査が必要である。 福島における放射線被ばく事故後の精神科新入院の状況について概説した。通常時に比べて躁状態での入院が多かったこと,原発事故による放射線被ばくへの恐れが入院の一因となった可能性のある患者がみられたことが特徴であった。今回のデータは方法論的な様々な限界はあるが,今後の追跡調査の基礎となる重要なデータである。 謝辞:本調査には福島県立医科大学医学部神経精神医学講座のすべての医局員と,福島県精神医学会に所属する病院の先生方の多大な協力をいただきました。震災後の厳しい状況下において献身的な治療活動を継続している中,本調査にも協力いただいたことに深謝申し上げます。また,本稿作成にあたり,福島県精神科病院協会,福島県障がい福祉課の方々に協力をいただきました。深く御礼申し上げます。文献5 まとめ1)Aronson TA, Shukla S : Life events and relapse in bipolar disorder: the impact of a catastrophic event. Acta Psychiatr Scand 75 : 571-576, 19872)Bromet EJ, Havenaar JM : Psychological and per­ceived health effects of the Chernobyl disaster : a 20-year review. Health Phys 93 : 516-521, 20073)Havenaar J, Rumyantzeva G, Kasyanenko A et al : Health effects of the Chernobyl disaster ; illness or illness behavior? A comparative general heal­th survey in two former Soviet regions. Environ Heal­th Perspect 105(Suppl 6) : 1533-1537, 19974)Kario K, Matsuo T, Ishida T et al : “White coat” hypertension and the Hanshin-Awaji earthquake. Lancet 345 : 1365, 19955)Kario K, Matsuo T, Shimada K : Follow-up of white-coat hypertension in the Hanshin-Awaji earthquake. Lancet 347 : 626-627, 19966)Loganovsky KN, Loganovskaja TK : Schizophrenia spectrum disorders in persons exposed to ionizing radiaon as a result of the Chcrnobyl accident. Schizophr Bull 26 : 751-773, 20007)大熊輝雄:現代臨床精神医学改訂第10版.金原出版,東京,20058)Pastel RH : Radiophobia: long-term psychological consequences of Chernobyl. Mil Med 167(2 Suppl) : 134-136, 20029)RADIOPHOBIA : a new psychological syndrome. West J Surg Obstet Gynecol 59 : viii-x, 195110)新福尚隆:阪神・淡路大震災被災者の長期的健康被害.精神医学48:247-254, 200611)WHO : ICD-10精神および行動の障害.中根允文,岡崎祐士,藤原妙子訳:研究用診断基準.医学書院,東京,199412)山口直彦,戸田和宏,幸地芳朗ほか:震災直後の入院症例 ある被災地自治体立精神病院からの報告.精神医学37:701-706, 1995

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