FUKUSHIMAいのちの最前線
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第4章患者救済に奔走した活動記録〈論文・研究発表〉FUKUSHIMA いのちの最前線285付けていくか、この点も新たな挑戦です。 その関連で言えば、今回、分かったのは、100%の「安全」が保障されている、「安心」の世界は存在しないということです。今回のような緊急時には、「安全」と「安心」を明確に峻別して、混乱収拾に当たる必要があります。「安心」は心の問題。でも「安全」はコストの問題。「100%の安全を得るために、100%自己負担してください」と聞けば、皆、引いてしまいます。では国が100%保障するか。そんなことはできるはずはありません。その折り合いをどうつけるか、それは行政や大学に求められる役割でしょう。 さらに、原子力発電所がこれだけあり、国のエネルギー政策の根幹になっている割には、我々医療人も含めて、国民の放射線に対する知識があまりにもなさすぎました。刹那的に、“脱原発”と言っても、現実問題としては成立しません。なるべく原発に頼らないようにしていくことは今後の問題。しかし、原発がゼロになることは、恐らく我々が生きているうちはないと考えた方がいい。そうであれば、義務教育、医療や物理学の高等教育も含めて、カリキュラムの見直しは必須でしょう。 同時に今回感じたのは、わが国には、リスクコミュニケーター、放射線問題に限らず、サイエンスと国民の間を橋渡しする人が非常に少ないのです。山下先生(注:原発事故直後から、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーを務め、7月15日に長崎大学大学院医歯薬学総合学研究科長から、福島県立医大副学長に就任)がその代表ですが、放射線の分野では、10人もいないでしょう。欧米では、サイエンストランスレーター、つまり科学を分かりやすい読み物にしたり、分かりやすく解説し、啓発活動を行うプロが成立しています。しかし、日本にはいない。テレビでは、解説委員が片手間に勉強して説明しているのが実情でしょう。 今後、原発に限らず、他の分野でも問題、事故が起きる可能性があります。リスクコミュニケーター、サイエンストランスレーターの養成が大学教育に求められているのではないでしょうか。 原発事故に関連して、私は今回、様々な原子力関係の専門家の方に接触しましたが、技術者、科学者が高齢化しているという印象を持ちました。若い人がいない。テレビや新聞に出ている人は、ほとんどが名誉教授です。山下先生も、同じようなことを言っていました。ここしばらく、原子力発電所の新設が止まっていたと思うのですが、そうであれば、技術者も、また科学者も当然育ちません。原発を当面全廃できないのであれば、やはり科学者や技術者の養成は必要です。──原発事故の関連では、初期被曝医療機関はすべて警戒区域内にあり、機能しなくなりました。 はい、その通りです。結果的に初期と2次の被曝医療を、すべて本学で引き受けなければならなくなりました。さらに、原発事故周辺地域には、約500床の入院病床のほか、介護施設があり、原発事故直後、これらの病院・施設から多数の患者や入所者が搬送されてきました。 その際に感じたのは、トップがリーダーシップを発揮する必要性です。限られた時間、限られた人員の中で、優先順位を付け、求められる役割を果たさなければいけない。その際、「衆議独裁」が必要だということも教訓です。時に日本では、「俺は聞いていない」と言うと、そのこと自体が会議の議題になってしまう。情報共有は必要。しかし、一つひとつ議論していたのでは、間に合わない。だからトップが決めなければいけない。 特に医療分野では、高い志を持っている方が多く、「よかれ」と思い、提言したり、やったりする。時には情緒過多で、権限外のことにも手を伸ばす。しかし、カール・マルクスは、「地獄への道は、善意の石畳で舗装されている」と言っています。いろいろな意見を全部取り上げていたら、何もできなくなる。──ただし、「善意」に基づくものなので、扱いにくい。 そう、扱いにくい。破滅的な出来事に対応するためには、「拙速」、スピードが命です。かっこいい言葉で言えば、「迅速」なのでしょうが、やはり「拙速」だと思う。「拙速」でないと、間に合わない。練り上げられた案を出していくよりは、勘でもいいから、正しい、あるいは必要だと思われることをやる。それでもし間違っていれば、朝令暮改、直していく。それが最終的に、時の評価に委ねられる。問題があれば、トップが責任を取ればいいだけです。全職員による会議での情報共有もカギ──大災害に組織としてどう対応するか、多数の教訓を挙げていただきました。 それらを受けて、今後は、“福島モデル”を作ります。今回我々は、福島県と本学との連携体制を急きょ“福島モデル”、県と医大の連携が奏功

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