FUKUSHIMAいのちの最前線
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第3章放射能との闘いFUKUSHIMA いのちの最前線271問われる度に「私の言葉が不十分だった。身から出たサビ」と頭を下げる。* 山下は今年4月、福島青年会議所の依頼で、放射線の安全対策をテーマに講演した。懇親会場に移ると、「山下先生、福島のためにありがとうございます」と、参加者は立ち上がって口々にお礼を述べた。拍手がわき起こった。山下は涙が止まらなかった。感謝の気持ちを伝えようとしたら、1年余り、繰り返してきた言葉が口をついて出た。 「福島に来たことを後悔したことはない。ここで一緒に闘いましょう」(敬称略) 2月、福島県南相馬市で行われた県民健康管理調査*の健康診査会場には、午前9時の開始時間の1時間以上前から200人余りが並んでいた。この日は2会場で約1100人が対象。足をひきずって歩くお年寄りや車いすの人もいた。 「こんなに期待されているのか」。担当する福島県立医大小児科教授の細矢光亮(53)は息をのんだ。 「今日は特殊な検査をするんですか」。高齢の男性から声をかけられた。 健康診査は、身長や体重を測ったり、血液や尿を調べたりして、生活習慣病などを早期発見するのが狙い。「いま現在の体への放射線の影響を知りたいという気持ちから、内部被ひ曝ばく量を測定すると誤解している人も少なくないのだろう」。細矢は趣旨を説明しながら複雑な気持ちになった。* 県が県民健康管理調査の実施を決めたのは昨年の5月。原発事故で、県民は放射線の影響だけでなく、長期の避難生活による健康面のリスクを負っており、20年後、30年後を見据えた健康管理を目的としている。 基本調査は、膨大な対象者の外部被曝線量を、原発事故後の行動から推計する世界的に例のない取り組みだ。だが、体への影響をすぐに見極めることは難しい。 福島市に避難している浪江町の石田美佳(29)(仮名)は昨年7月、基本調査の問診票を書いた。原発事故の4か月後に長女が生まれた。長男(4)と次男(3)もいる。 問診票には、行動を分単位で記入するほか、食べた野菜や飲んだ牛乳の量の申告もある。「体への放射線の影響がわかるかもしれない」と、子どもを寝かしつけてから日付が変わる頃まで取り組んだ。全員分を書くのに5日かかった。 今年3月、問診票に対する回答が届いた。昨年3月11日から7か月間の「推定される外部被曝線量は1.7㍉・シーベルトです」とだけ書かれていた。がっかりした。「調査するなら一軒一軒回って不安な気持ちを聞いてくれてもいいのに」* 返送された妊産婦調査などの問診票には、行間や欄外に心配や疑問が書き込まれていることは珍しくない。「水道水が怖いから、自分の食費を削っても子供用のペットボトルの水代に充てています」「赤ちゃんに病気が見つかったのは放射線のせいですか」……。 産婦人科教授の藤森敬也(48)は、深刻なケースについては保健師に訪問を指示したり、自身がカウンセリングしたりしている。多くは「お話できてほっとしました」という反応だが、「話したくない」と電話を切られたこともある。「大丈夫と言うだけでは、県民には納得してもらえない」と痛感している。* 県立医大は今年4月に広報担当の特命教授ポスト膨大な調査 健康見守る2012年6月26日(火)掲載県民健康管理調査について打ち合わせをする細矢教授(左から2人目)ら(19日、福島市の福島県立医大で)=菅野靖撮影*県民健康管理調査 全県民約200万人を対象とする福島県と県立医大の調査。行動記録から外部被曝線量を推定する「基本調査」が柱。避難指示区域の住民は「健康診査」「こころの健康度・生活習慣調査」、原発事故当時18歳以下の人は「甲状腺検査」、妊産婦には「妊産婦調査」を行う。

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