FUKUSHIMAいのちの最前線
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第2章福島医大関係者行動記録〈手記とメッセージ〉FUKUSHIMA いのちの最前線143切にケアすることができ、各科専門医やケアにかかわる人々と連携し、患者さんの気持ちや家族の事情、地域の特性を考慮した医療を実践できる専門医です。このことは、災害時においても何ら変わることはありません。むしろ「災害時こそ家庭医の役割がより重要になる!」ということを今回の震災の経験を通して確信しました。 医療資源が絶対的に不足する被災地では、多科の複数の医師らがチームを組んで避難所を巡回することは困難です。そのような時こそ、家庭医のように複数の健康問題を同時にケアできる医師が、医療の効率化をはかる上で重要な役割を果たします。避難所では、かぜ、頭痛、腹痛、腰痛から、高血圧、糖尿病などの生活習慣病、更に不眠や抑うつ気分など心の問題に至るまで、よく起こる健康問題を包括的かつ継続的に診る能力が特に求められました。しかも、災害時という特殊な状況下では、患者さんの気持ちや家族・地域の事情を充分に考慮した医療を、各科専門医やケアにかかわる人々と連携して行う必要があります。これはまさに家庭医を特徴づける能力を存分に発揮すべき場となりました。 これまで述べてきたとおり、避難所を訪問することで、診療所や病院を訪れる患者さんだけを診ていては決して知ることが出来ない、地域で起きている健康問題の全体像や地域の医療ニーズを垣間見ることができました。そこには身体的にも精神的にも社会的にも重大で複雑な問題を抱えながらも必死に耐えている方々が存在していました。その一人ひとりと涙ながらに語り合うことで、この地に生きる家庭医として自分が成すべきことを教えていただきました。 ただし、避難所の状況はあくまでも被災地域のほんの一部を反映しているに過ぎません。例えば自宅で孤立している独居高齢者への支援も重要ですし、避難所から仮設住宅や一時借り上げ住宅へ移動した方々が、新たな生活の場で孤立することなく自立した社会生活を営むことができることを見届けながら、新たに必要な支援を見極め提供していかなければなりません。刻々と移り変わる環境と時間の経過に応じた地域全体の長期的なケアを続けていきたいと思います。* * * 質の高い医療が地域で円滑に提供されるための条件として、地域の診療所の医師と病院の各科専門医との良好な連携は最も重要な要素といえます。今回の大震災の急性期においても、軽傷患者のケアや慢性疾患の継続的管理、および疾病予防のための生活指導などを担うべき地域の診療所の医師の役割りはきわめて重要でした。しかし、実際は地域の診療所の多くが診療を継続することができなくなり、地域医療を守るネットワークとして機能しなくなりました。その結果、多くの人々が直接病院へ殺到し、病院の医療スタッフは疲弊してしまい、より重症な患者や専門的な治療を要する患者のケアといった本来病院が担うべき役割を果たすことが困難になりました。このような事態が起きてしまった理由はなんでしょうか? 震災急性期はあらゆる連絡手段が一時完全に寸断されました。その結果、系統だった医療連携が立ち行かなくなったことで地域医療の崩壊を招いたという指摘があります。また、原発事故による放射能汚染の影響で支援物資の物流が滞り、いわき市をはじめ福島第一原子力発電所の周辺地域では水や食料のみならず深刻なガソリン不足をきたしました。そのことが医療機関の職員の通勤や訪問診療・訪問看護をも困難にし、小規模な医療機関から順に診療中断を余儀なくされていったことも事実です。しかし、原因は本当にそれだけなのでしょうか? 現在の日本では、地域の診療所の医師のほとんどは個人開業で、しかもその大多数は開業直前まで病院勤務していた各科専門医です。したがって家庭医のように何でも相談して診てもらえるというわけにはいかない場合が多いようです。「〇〇胃腸科医院」「◇◇脳神経外科クリニック」といった具合に、診療所名や看板の表示を見ると医師の専攻科目がわかるようになっていて、症状や目的に応じ、患者さん側が診療所を自由に選んで受診しています。このことは、誰でも自由に専門的な医療が受けられるため、日本の医療システムの良い点として捉えられる場合もありますが、裏を返せば、医療の素人である患者さん側が何科にかかるべきか自分で判断しなければいけないという短所にもなります。また、地域医療を支えるべき診療所の役割分担が、地域ごとに分かれているのではなく、診療科ごとに分かれているため、「この地域はあの先生が診てくれる」とか、「この地域は診療所ごと被災してしまったので、隣の地域のあの先生がきっと助けてくれるはず」といった暗黙の了解は存在せず、地域における医師の責任が曖昧なのです。私は今回の震災を通し、様々な健康問題を抱える多くの人々を地域包括的に効率よくケアすることが求められる場面に直面し、今の日本の地域医療システムが、災害時においていかに脆弱で非効率であるかを痛感しました。* * *家庭医が見た東日本大震災①〜⑩

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