FUKUSHIMAいのちの最前線
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118 翌日からは、病棟日勤看護師6~7人、応援看護師6~10人、看護学部教員2人で業務を行いました。病棟看護師は患者さんの状態観察、医師からの指示確認、患者対応を、応援看護師は被災患者の清拭、褥瘡処置、経管栄養等を、看護学部教員は入院中、精神的に不安定になっている患者さんの対応を行いました。しかし、病棟業務は困難を極めました。被災者の情報がないうえに、意思疎通がはかれないため状態の把握に時間がかかることや、患者さんの状態変化によって指示変更が多いこと、さらに被災患者を受け入れたことに入院患者が反応し、状態が悪化する人も出てきました。また、多くの被災患者は2時間ごとの体位変換・喀痰吸引が必要で、褥瘡処置や清拭の際に四肢拘縮が強く、衣類の着脱に時間を要しました。そこで、看護学部教員に入院中の重症患者を中心に面接やケア・処置業務を依頼し、応援看護師にはリーダーを決めてもらい、業務内容を采配することで、業務の円滑化をはかりました。 被災患者受け入れから4日目の3月18日、患者さんの多くは精神科疾患よりも身体疾患のほうが重篤との判断により、一般病棟への転棟が検討され、14時に9階東病棟に転棟となりました。その後、会津方面での受け入れが決定し、3月26日と27日にバスで搬送されました。この間に、被災患者の家族から患者確認の電話やFAXが多数届き、患者さん全員の身元が判明しました。③被災患者の受け入れを振り返って 今回、被災患者を受け入れ、様々な課題が見つかりました。病棟スタッフと話し合い、重要だと思ったことを数点述べたいと思います。 1つ目は、「予め聞いていた情報と患者さんの状態が著しく違っていたこと、患者情報が全く得られなかったこと」があげられます。日頃、十分な情報がある中で業務を行っているため、情報が全くない状態で看護することに不安が募りました。災害時においても、避難病院に必要最小限の患者情報を迅速に送れるシステムが必要だと思います。 2つ目は、「応援看護師の人数が多い場合、リーダーが必要であり、誰が行うかを決めること」です。本来ならば病棟看護師からリーダーを立てればよいのですが、今回は病棟看護師は人員不足で不可能であり、応援看護師の中からリーダーを出して、混乱している病棟の業務緩和をはかりました。応援看護師の業務内容を選択することで、違う病棟の看護師がリーダーを担っても十分に機能が果たせると感じました。 3つ目は、災害時などの切迫した状況では、「重症な精神科疾患患者の対応には精神科看護の経験者が必要だということ」です。看護学部教員が重症な躁状態の患者さんの対応を担ったことで、患者さんの精神安定にもつながり、適切なケアができたと思います。看護師の経験にあわせて業務分担することで、効果的な応援態勢が可能になると考えます。 最後に、今回の被災患者の搬送では、前病院スタッフの付き添いはありませんでした。原発の現状を考えると、搬送の同伴などは無理な状況であったと考えます。しかし、私たち医療者は患者さんに責任をもって業務を行っています。もし自分が同じような状況にあったらどう対応するか、患者さんや病棟スタッフの安全確保の対策とともに、日頃から考えておく必要があると思いました。①「緊急被ばく医療活動」の発動 震災の救急医療体制の中、3月12日、福島第一原子力発電所の水素爆発の報道がされました。たちまち福島県浜通り・中通り地区において空間放射線量が上昇し、当院の玄関ホールでは、サーベイメーターをもった医師、放射線技師、看護師の「何万cpm?」という声が飛び交っていました。外来の夜間救急対応スペースでは、テレビのテロップで流れる「μSv/h」の数値を看護スタッフが固唾をのんで見ている状況でした。 二次被ばく医療機関である福島県立医科大学附属病院では、県のマニュアルによって「緊急被ばく医療活動」が発動されることとなりました。当院には整った除染システムがあり、毎年「緊急被ばく訓練」を行う際に使われていました。しかし緊急被ばくマニュアルは2002年に作成されたものの、これまで訓練以外で使用されたことはなく、私たち看護師の中では、原発災害は「起こり得ない架空の出来事」としてイメージされていたのです。被ばく医療棟はただの「箱」であり、救急医療を行うための物品や医療器材も病棟などの他の部門へ貸し出していて、ほとんど装備されていない状況でした。福島原発事故における緊急被ばく医療と看護の役割上澤 紀子がん放射線療法看護認定看護師大槻 美智子外来看護師長地震・津波・原発事故への対応

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