放射線を浴びたらどうなる?

知れば安心!
放射線の基礎

実は誤解も多い!放射線の健康影響 実は誤解も多い!放射線の健康影響

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ノートイラスト ペンイラスト ×イラスト ○イラスト △イラスト 黒板消しとチョーク 福島県立医科大学 坪倉先生のオンライン出前講座

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All About 特別企画

2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、放射線を受けることに大きな関心が寄せられました。しかし、さまざまな情報が交錯する中で、放射線について正しく理解されないまま年月が過ぎ、今も多くの人が根拠なく漠然とした不安を持ち続けているようです。そもそも放射線とは? 浴びるとどんな影響があるのか? 「放射線の知識が身を守ることにもつながる」との想いを胸に、基礎知識の啓発に取り組む、福島県立医科大学の坪倉正治主任教授に話を聞きました。

お話を伺った人

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坪倉正治 先生

1982年、大阪市生まれ。灘高校卒。2006年東京大学医学部卒。福島県立医科大学放射線健康管理学講座主任教授。All About「放射線被曝」ガイド。東日本大震災の直後から福島県南相馬市立総合病院、相馬中央病院を拠点に医療支援に入った医師。放射線の計測や住民の健康相談にも携わり、放射線についてわかりやすく伝える講演会を継続的に開催。この地で若手医師が働きがいを見いだせるよう研究や発信のリーダーとして奔走している。福島民友新聞の「坪倉先生の放射線教室」など、人気の連載を持つ。

INDEX目次

01そもそも放射線とは?

放射線や放射能のことをよく知らないまま、何となく怖いと感じていませんか?
基本的な知識を得れば余計な不安が消えて、偏見や誤解も解けるはず。

そもそも放射線とは?
放射能とはどう違う?

放射線とは、放射性物質から放出される、エネルギーをもつ光の総称です。放射線を出す物質が「放射性物質」で、放射線を出す能力を「放射能」といいます。電球をイメージするとわかりやすいでしょう。「放射性物質」とは電球本体で、放射線は電球から出た光、そして電球から光を出す能力に相当するものが「放射能」です。

放射線の話をするとき、ベクレルやシーベルトなど、単位を見聞きすると思いますが、「ベクレル」とは物質が持つ放射能の強さを表す単位。光で例えるとワットのようなものです。一方、人体が受けた放射線による影響の度合いは「シーベルト」で表します。

放射線図

02放射線が身近なものって本当?健康に影響を与える量は?

放射線は目に見えませんが、じつは私たちの身の回りにもともと存在しています。
原発事故があって初めて放射線を浴びているわけではないのです。
私たちは日常的にどこで放射線を浴びているのか、身近な例を教えてもらいました。

[ 自然放射線 ]

飛行機Photo

宇宙から

宇宙には多くの放射線が飛び交っていて、宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線は放射線の一種です。飛行機で上空に行くと遮るものがなくなるため放射線が強くなり、乗っている人が受ける放射線の量も増えます。しかし、我々が普通に飛行機に乗ることによって健康が損なわれた報告はありません。

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動植物から

私たち人間や動植物、そして食べ物の中にも放射性物質は含まれています。たとえば人間の生命維持に欠かせない栄養素であるカリウムのうち約0.012%は「カリウム40」という放射性物質で、海藻類やバナナ、野菜などを通して体内に取り込まれています。

地面Photo

地面から

土の中には放射性物質が含まれています。土の種類によってその量は異なるため、地域によっても自然放射線の量は変わります。日本国内で見ると、火山灰層の多い東日本よりも、ウランなどを含む花崗岩が多い西日本の方が、自然放射線量は高い傾向にあります。

空Photo

空気から

空気中にもラドンなどの放射性物質が漂っています。ですから、健康に良いといわれるラドン温泉などに行けば、空気中に含まれる放射性物質のラドンも増えることになります。

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「このように、日常生活を通して私たちは放射性物質を体内に取り込んでいますが、代謝によって便や尿と共に体外に排出されますから、健康に影響はありません。ちなみに、日本で生活して受ける年間の自然放射線量は2.1ミリシーベルト程度ですが、世界平均は約2.4ミリシーベルトです。中国の陽江(ヤンジャン)、インドのケララ、イランのラムサールなど、放射性物質が土壌中に多く含まれている地域では、日本の2倍?10倍程度もあります」

[ 人工放射線 ]

医療Photo

放射線はがん治療やレントゲン検査、CTスキャンといった医療をはじめ、お米や野菜などの品種改良や食品の保存、日用品の製造などにも幅広く利用されています。

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「人工放射線も人への影響は自然の放射線と変わりません。セシウムから出る放射線も、カリウム40という人間の体内に存在する放射性物質から出る放射線も同じものなのです。つまり、放射線の影響は、何からではなく、どれだけ浴びたか、その量が問題になります」

健康に影響を与える放射線の量は?

国際的には、浴びることによって健康に影響を与える放射線の量は、100ミリシーベルトが目安とされています。被ばく線量が500ミリシーベルトを超えると白血球の減少が見られ、1,000ミリシーベルト以上になると自覚症状や放射線障害が現れます。
また、大量の放射線を一気に浴びた場合と、ゆっくりと時間をかけて浴びた場合では、身体への影響が異なるとされています。時間をかけて浴びた場合の方が影響は小さいのですが、その理由は私たちの身体の細胞が、放射線によってダメージを受けたとしても、その傷を治したり、傷ついた細胞を取り除いて新しく入れ替えたりといったことを行うためなのです。

03「放射線被ばく」とは?
測定方法も紹介

放射線を受けることを「被ばく」といい、「内部被ばく」と「外部被ばく」の2つに分けられます。
先述の通り、私たちは日常的に放射線を受けていますが、自身や家族が、どの程度放射線を受けているのかを知る方法があります。それぞれの測定方法をご紹介しましょう。

「外部被ばく」は体外から放射線を浴びること。一方、呼吸や食べ物によって、体内に取り込んだ放射性物質から放射線を受けることを「内部被ばく」といいます。この言葉は自然界からの放射線、事故由来の放射線、医療放射線といった区別とは関係なく用いられます。

← サーベイメータ

サーベイメータ
↑ サーベイメータ

外部被ばくの測定方法

外部被ばくによる線量を計測するには、個人線量計を装着する方法があり、一定時間に受けた放射線の積算量の計測や、線量率の読み取りが可能です。例えば、2~3ヶ月程度、胸にガラスバッジと呼ばれるものをつけることで、外からの放射線がどれほどかを調べることができます。

また、サーベイメータを用いて、作業する場所の放射線量を計測することで、その場に人がいたらどのくらい放射線を受けるのかを推計することができます。

外部被ばくの測定方法

レントゲンPhoto
↑レントゲンは外部被ばくにあたるもの

内部被ばくの測定方法

体内のセシウムなどの放射能を測定するには、全身から出てくるγ(ガンマ)線を測定するWBC(ホールボディ・カウンター)という機器を使います。立って測る、寝て測る、座って測るタイプがあります。一方、放射性ヨウ素による内部被ばくが疑われる場合には甲状腺モニタが用いられます。ヨウ素は甲状腺に蓄積するため、首の甲状腺のある部分に放射線検出器を当てて、そこから出てくるγ線を測るものです。

内部被ばくの測定方法

04誤解も多い!福島第一原発事故の影響や食の安全など気になるQ&A

放射線が私たちの周りに当たり前に存在していることはお伝えした通りですが、
では、2011年に原発事故に見舞われた福島の状況はどうなのでしょうか。
放射線と健康の関係など、気になることを坪倉先生に質問してみました。

福島原発事故で福島県民に健康被害が出ていますか?

「放射線を直接受けることによる健康被害に限って言えばほぼゼロでしょう。まだ帰還困難区域はあるものの、避難が解除された区域に関しては、空間線量も健康影響を危惧する状況にないレベルまで下がっています。2021年3月に発表された国連のレポートでも、東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う放射線被ばくが直接の原因となったがんの増加など、健康に直接影響を与える可能性はみられそうにないと結論づけています。
だからといって健康被害がなかったわけではありません。原発事故が起きて避難を余儀なくされるなど、生活環境や社会状況が変わった影響で心身を病んだり、命を落とされたりした方も多くいます。原発事故の健康影響を語るとき、放射線被ばくだけを取り上げるのではなく、こういった影響にも目を向ける必要があると思います」

イラストPhoto

放射線被ばくの影響は遺伝しますか?

「動物実験で高線量の放射線を照射すると、放射線を受けた動物の子孫に、出生時障害や染色体異常等が起こることがあります。でも、人の場合、両親の放射線被ばくによって、子孫に遺伝性影響があることは確認されていないのです。
そもそも、広島や長崎の原爆被害やチェルノブイリの事故後、あるいは医療でも、たくさん放射線を浴びたことによって、遺伝的な影響が出たと証明されたことは一度もありません。 国際放射線防護委員会(ICRP)では、0.8シーベルト当たりの遺伝性影響のリスクは0.2%と見積もっています(これはがんの死亡リスクの20分の1にも満たない値)。福島の原発事故に関して言えば、住民の方が浴びた放射線の量は、非常に低いレベルに抑えられていたとわかりましたから、遺伝的な影響に関しては、将来的に何か危惧するような状況には全くないです」

遺伝子イメージ

福島の食品は安全ですか?

「流通している福島産の食材は検査されており、食品の安全性は確保されている状況がデータとしてあります。南相馬市の検査データでも、流通している食材を食べて内部被ばくが増えている人はいません。もし内部被ばくが増えているとしたら、明らかに出荷制限がかかっている未検査の食材を毎日摂取するような方だけです。そのような方でも、年間の被ばく量は1ミリシーベルト程度にすぎないことがわかっています。ちなみに、基準値の上限100ベクレル/キログラムの食材を365日、2キログラム食べ続けて、やっと年間1ミリシーベルト(200ベクレル)です」

実際の食品中の放射性物質の量

実際の食品中の放射性物質の量グラフ
食材イメージ

実際の食品中の放射性物質の量

実際の食品中の放射性物質の量グラフ

食品中の放射性物質については、福島に限らず、日本は世界で最も厳しいレベルの基準を設定して検査をしている。日本の基準値は、食べ続けたときに、その食品に含まれる放射性物質から生涯に受ける影響が、十分小さく安全なレベル(年間1ミリシーベルト以下)になるよう定めている

※出典:復興庁HP「日本及び福島の食品/飲料水の安全性」より

食材イメージ

05坪倉先生からのメッセージ

最後に、坪倉先生にメッセージをいただきました。
万が一に備える上でも、今一度正しい情報をインプットし続けていきたいですね。

避難生活による二次的な
健康被害
も見過ごせない

原発事故の直後は混乱の中で、真っ先に放射線被ばくの影響が心配されました。その陰で、事故直後の避難や生活環境の変化による、二次的な健康被害(避難による体調悪化や、環境の変化で生活習慣病が悪化したりなど)は見過ごされがちでした。
しかし、特に高齢者や弱者と言われるような人たちにとって、災害直後の環境変化によるダメージは大きく、福島では直接の災害で亡くなった方よりも災害関連死の方が多かったことが知られています。
放射線の被ばくリスクを軽視してはいけませんが、被災地から避難して被ばくリスクを避けるメリットと、住み慣れた家を出て慣れない避難生活をすることによる精神的、肉体的デメリットの両方を、しっかり考える必要があるかもしれません。

放射線について正しく知って、
理性的な対応をとることが大切

世界的に災害はどんどん増えてきていますし、地震大国ニッポンでは、近い将来、南海トラフ巨大地震が発生する可能性も高いと言われています。そうした災害に見舞われたとき、東日本大震災と同じ過ちが繰り返されないようにするためにも、多くの方に放射線について科学的な知識を持っていただき、理性的に対応してもらいたいと願っています。
放射線について正しく知ることで、さまざまな選択をするときに安全や安心への納得感を得ることができますし、被災地においては前向きに生活するための支えや自信につながります。

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