福島お達者くらぶだより

 2018 1 1日発行 通算 86

 

明けましておめでとうございます。正月と言って、何がめでたいのだ、と思う人もいるかもしれませんが、年末・年始の一週間が休みになって家族もみんなふだんと違う雰囲気での暮らしになるし、それぞれに「今年こそは」との思いを持つのではないでしょうか。今年こそは、穏やかに生きられる人生へと一歩踏み出せる年になるように、(すでに踏み出している人には)自分の願いが叶い周りの人にそれが広がっていく年になるようにと祈ります。

  

成瀬暢也先生の講演から

 成瀬暢也先生は埼玉県立精神医療センターで薬物依存症の人たちの診療を行っている医師です。薬物依存症に関心を持つ医師は「変わり者」であり「物好き」と言われても仕方ない状況が続いていると成瀬先生自身が言われ、これを専門にすると標榜している医師は全国でせいぜい1020人くらいだということです。その成瀬先生の講演を昨年10月に仙台で行われた日本嗜癖行動学会の時に聴いて、その熱いお話しに感動したので、そのことをお達者くらぶの皆様にも伝えたいと思います。

 薬物依存症ほど精神科医などの治療者が抵抗を感じる疾患はないかもしれないと、ずっと関わってきている成瀬先生は言われています。昔は覚醒剤などの薬物を使っている人たちは暴力団関係の人が多く、その人たちに向き合うこと自体が勇気のいることでした。しかし今は時代が変わってきて、やさしさゆえに他に自分を支えるものがなくなって処方薬や他の薬に頼ってしまう、あるいは違法の薬でも友人に勧められたのを断れなくて使ったらはまってしまうような、そんな人たちが増えているのですが、どのような場合でも薬を止めることはきわめて難しく、本気で回復に取り組んで外来では「もう、やめます」と言っていても、治療者は裏切られ続けます。

 それだけ依存を起こす薬物の誘惑力は強く、しかも使い続けると脳も身体も壊れていったり、あるいは薬物を買うためのお金のために平気で人をだましたりするようになって社会的に壊れていったりする。そんなところで、同じ依存症と言っても、拒食症・過食症と薬物依存では現実の治療法にはずいぶん違っているところがあります。

 しかし、患者さんは一人の人間であり、やはり一人の人間である医師として向き合うのに、薬物でも摂食障害でも変わるところはありません。成瀬先生の講演では、それを強く感じさせてもらえたのです。まずは成瀬先生が学会抄録集に書かれていた文章です。

 

【講演の抄録】私は、依存症患者に対して陰性感情・忌避感情を払拭できないでいました。彼らが何を考えているのか、どうすれば回復に向かうのか、どのように対応することが望ましいのか、回復には何が大切であるのか、が全くわかりませんでした。どうしていいかわからず、思うように動いてくれない患者に対して陰性感情を持ち、不全感を強めていきました。次々と暴力的なトラブルを起こす患者を前に、私は病棟に行くことさえ苦痛になりました。問題を起こす患者は排除したい、という思いはスタッフに共通してみられました。治療者は、「患者を正しい方向に変えてやろう」と強要し、患者は「変えられまい」と抵抗・反発していました。当然、治療関係は対立的となりやすく、信頼関係を築くことは難しかったと思います。

 現在、当時とは全く異なった心境で私は診療に当たっています。診療が楽しくて仕方がないのです。それは、あるときから依存症患者と依存症治療にとって大切なものが理解できるようになったからです。正直言って、それまで薬物依存症患者を「一人の尊厳ある患者」として関わることはできていませんでした。消極的ながら参加した米国の治療施設見学で、患者を尊重した治療者のスタンスと、治療の場の明るさや治療者の温かさに驚かされた、そこで感激した対応を忘れてしまっていたのです。自分が逃げずに患者の心の内を理解しようと思えるようになったのは、病棟を担当して10年が経ってからのことでした。医療機関の中に「回復」はありません。病院の中だけに留まっていた私は、本当の「回復」を知らなかったのです。「回復」の姿を知らずに治療していたのです。患者との心の壁を作っていたのは私自身でした。それを気づかせてくれたのは、多くの回復者であり家族でした。

 私は依存症外来を「ようこそ外来」と名付けて診療を行っています。なぜ、私は薬物依存症の治療を続けているのか、なぜ、毎日の薬物依存症患者の診療が楽しくてしょうがないのか。私の経験を基に、薬物依存症の治療に大切なこと、陰性感情や忌避感情から解放されるコツ、回復支援に大切なことについて述べたいと思います。そのことを理解できれば、誰にでも薬物依存症の治療は魅力的なものになると思っています。

 

 そのような目的の講演の中で話された成瀬先生の言葉を並べてみます(講演中のメモから再構成したので、成瀬先生が話されたことと順番などが違っていますが)。

 

 依存症とは「人を信じられず、人に癒やされることができずに生きづらさを抱えた人の孤独な自己治療」です。それゆえ、回復のための突破口は、「本音を言えない」状態から、ここでは何を言っても大丈夫だとわかってもらうことです。そうして正直になってもらう。

 そのためには治療者も正直にならなければならない。専門家ではあっても、自分の無知や不安感・弱さを正直に開示する、そうすると患者さんたちも受け入れてくれます(この一文だけは同じ学会の別の講演で斎藤環先生が話されたことをここに引用しました)。そのようにして信頼に基づく治療関係を作っていきます。

 依存症の治療に際しては「自分から直す気にならないとダメ」と言われますが、それは決してそうではなく関わり方しだいであり、この信頼に基づく関係ができれば、治療への動機付けが可能になります。治療のためには何よりも繰り返して外来に来てもらい、治療を続けられるように最大限の配慮が必要です。「ようこそ外来」はそのための命名で、受診してきたら「よく来てくれました」と、終わったら「また来てね」と言います。外来には楽しいから来る、そんな居心地のよい場所にしていくのです。違法の薬を使ったことがわかっても警察には決して通報しませんし、それどころか、使っても外来に来れた、使ったことを外来で言えたことは回復のプロセスだから、そのことを評価してほめてやることもします。

 診療の際には、依存症は病気だから治療の必要を強調しますが、まずは本人が問題と感じていることを聴き取って、これまでの問題点を整理していきます。そして、本人がどうしたいかに焦点を当てていきます。その先の治療としては、SMARPP(覚醒剤を中心にした治療手順)に認知行動療法やスキルトレーニングなどが使えます。

 その外来診療だけでなく自助グループへの参加も大事で、そのようにして人に癒やされるようになると、薬に酔う必要はなくなっていきます。

 

 以上、成瀬暢也先生が話された薬物依存症についてのお話は摂食障害と違っているところもありますが、基本的な信頼関係を(医療だけでなく、家族や友人とも)育てていくことが大事であることは共通しているでしょう。そして、人に癒やされていけるようになっていきましょう。そうすれば生き延びるのに食べものに頼る必要はなくなっていくと思います。

 福島お達者くらぶも人に癒やされる場所であり続けたから、ここまで25年以上も続いてきました。スタッフは謂わばボランティアですが、やはり繰り返して参加する人たちの言葉が変化していく様子に心があたためられ、癒やされていくから続けています。