福島お達者くらぶだより

63 2012 4 14 発行

 

お達者くらぶだより第63号をお届けします。

 

お達者くらぶは、今年の冬からいろいろ変わります

 福島お達者くらぶは今年の秋にちょうど20年になります。それを機に、お達者くらぶはいろいろな面であり方を変えます。あまりに突然に変わると困ると思いますので、まだ半年以上の時間があるうちに予告させてもらいます。

 

なぜ今、あり方を変えるのか?

 今のミーティングのあり方は様々に試行錯誤を繰り返しながら自然にできあがってきたもので、このやり方で10年以上続けてきました。そこで大切にしてきたものは何よりも参加する人の安全と安心です。そこに、参加する人たちの自主的な(自助的な)発案による活動をできるだけ盛り込もうともしてきました。

 それを今なぜ変えようとしているかというと、何よりも第一に、参加者が減ってきていて、1回のミーティングが数名を超えることはほとんどなくなり、仲間や先行く人に出会える機会が少なくなってきているからです。(特に3月に初めてミーティングに参加された人には期待はずれだったと思われます。ごめんなさい。)これでは自主的な活動を期待することも困難です。

 そこに、スタッフの事情が加わりました。スタッフは転勤などそれぞれの事情で辞めたり、また新しい人をリクルートして入れ替わりながら、常に数人のスタッフで運営してきました。ところが、複数の現スタッフに突然の状況の変化があり、急に手薄になってしまうことになりました。それに加えて、創設以来ずっと関わってきたスタッフは高齢化してきました。新たなスタッフをリクルートすべきかと思いますが、すぐには間に合いません。

 そこで、これからも活動を続けるために、新しいあり方を模索しているのです。

 

ミーティングはどうなる?

福島お達者くらぶの活動の中で最も重要なものは拒食・過食に苦しむ人たち本人のミーティングです。このミーティングについては、今年の12月から、今の毎月第2土曜日のミーティングをやめて、平日の夜にします。現在のところ第2火曜日の夜6時半から行うことを考えていますが、他の日時の希望があれば伝えてください。

場所も変わり、福島学院大学駅前キャンパスの適当な大きさの部屋で行います。福島学院大学駅前キャンパスというのは福島駅からまっすぐ東に歩いて5分以内の、国道13号線とパセオ通りの間にある、すごく便利なところです。建物はすごくきれいで、トイレなどもきわめて快適です。ただ、駐車場がないので、車で来られる人はまわりの有料駐車場を使わなければならないことだけが不便ですが、これは許して下さい。

 このミーティングについては、どのような形で行うか、新しい形なのでまた試行錯誤を繰り返していかなければならないと思います。自助グループに近づけていくことも考えられますが、当面はスタッフが一人は入ることにして始めたいと思います。(今のミーティングと同じ、ということです。)

 

家族ミーティングは?

 家族ミーティングは今までどおりに毎月第2土曜日2時から県立医大のゼミナール室で行います(隣の第3、あるいは4階の第1・2ゼミナール室になることがありますが、そのたびにきちんと表示しますので、心配なく今までどおりに来てください)。

 このミーティングは基本的に家族の人たちのためのものですが、本人も入ってよいことにします。ただし、繰り返して参加している方には役に立つと思いますが、まだ混乱の中にいる人たち、特に中学生などの思春期の人たちには適していないかも知れません。場合によってはミーティングに加わるのを遠慮していただき、もし家族の方と一緒に来られたときにはスタッフが別の対応を考えさせていただくことがあると思います。

 このミーティングは今まで通りにスタッフの司会で行います。ただし、決して相談会ではありません。あくまでも、自分の心の中を吐き出して楽になることと、仲間と出会って、どこにも救いのない孤独な人間ではないことを知ることが目的です。

 

ミーティングの時の飲み物など

 ミーティング中の飲み物のサービスはしないことになりました。スタッフの状況が変わって、ポットやコップやお茶を持ってくるカートを置いておく場所の確保などに困難が生じてしまったためです。スタッフが手薄になるために、途中でお茶を入れたりするのも難しくなります。

 それで、参加する皆様は自分の飲み物をご用意ください。その代わり、参加の時に300円いただいているのを、200円に下げます。

 これについては、秋を待たず5月から始めさせていただきます。どうぞ飲み物を用意して来てください。飲み物の自動販売機は医学部の玄関を入って右手(エレベーターの方向と反対側)にあります。

 

会報(お達者くらぶだより)は?

 お達者くらぶだよりは原稿をそろえることもかなり大変なのですが、それよりも、印刷されたものを折って封筒に詰め、ラベルを貼るという作業はかなり手のかかるもので、それを継続していくのが難しくなりました。そのため、お達者くらぶだよりを、今までのような印刷されたものでなく、メイルマガジンとして発行することにします。

 メイルマガジンへの移行は来年からの予定です。今年の秋までは今までどおりに印刷して発行する予定で、このあと、7月、10月に発行することにしています。

 メイルマガジンでは、特に携帯で受ける人たちは、この今のお達者くらぶだよりのように文章の量の多いものは受け取れないでしょうから、読みやすい分量に分割して送ることになるだろうと思います。しかし、今の3ヶ月毎よりは頻回に送ることができるようになるかもしれません。

 そこで、そのメイルマガジンお達者くらぶだよりの受け取りを希望する人たちには、メイルアドレスを知らせてもらう必要があります。まだ先のことではありますが、今からそこに登録しておいていただいても結構です。次のアドレスにお達者くらぶだよりの受信を希望することを知らせてください。

f_otassya@yahoo.co.jp

最初の文字は福島のf、その後ろにアンダーバー、それにお達者が続きます(ただしotasshaではなく、otassyaです)。

 なお、今後はこのアドレスがお達者くらぶの連絡先になります。今までのアドレスは香山の医大時代のもので、いずれ使えなくなることも想定されるためです。

 このメイルマガジン化で問題になるのは、携帯ではパソコンからのメイルについては着信拒否に設定している人がおられることです。その場合は、上に書いたアドレスから発信されたメイルについては拒否を解除しておいていただく必要があります。(携帯ショップに頼めばやってくれるでしょう。)

 

スタッフの補充は?この先、何を目指す?

 お達者くらぶはここまで20年やってきましたが、時代の流れの中で摂食障害の姿が非常に変わってきていて、私たちがこれからも活動を続けるとしたら何らかの変化が必要なところまで来ていました。それを20周年まではと先延ばししていたのです。

 ただ、この度、否応なくいろいろな模様替えを急ぐことになった直接のきっかけはスタッフが手薄になることです。それゆえ、スタッフを補充する必要があります。しかし、その補充はこの先の数年以上を見込んだ未来の姿を描きながら行う必要があると私たちは考えています。

 20年経って成人に達したお達者くらぶですが、ここに書いた形で行うのは5年くらいを目途にしています。その時点で香山も残る他のスタッフもほぼ引退の時期を迎えます。この5年間くらいに「自分がこのお達者くらぶを引き継いでやっていく」という若いスタッフが出てこなかったら、福島お達者くらぶは役目を終えたものと考えて、ミーティングなどを閉じることにしたいと現在のスタッフは考えています。25年の四半世紀はちょうど一世代、区切りよく次の世代に渡し、その時代に合うものを作らなければなりません。それを作れないなら、時代に必要とされないのだと考えるべきでしょう。

 その5年先のことはさておき、新しいスタッフとして、今までのように医師、看護師、心理士といった援助職の人たちだけでなく、お達者くらぶで育っていった人たちにも入ってもらうことも考えたいと思います。ベテランのメンバーの方たちに、「1年に1〜2回くらいなら出てもよいからスタッフになってみようと思う人はいませんか」と誘ってみよう、と考えているところです。その人たちが連絡を取り合って、毎月のミーティングに誰かが出てもらえるようになれば、ミーティングの意味も大きくなっていくでしょう。

 

20周年記念パーティーの予告

 お達者くらぶは「福島摂食障害者の会」という名前で発足したのが1992年の秋、それからまもなく会の名前を何とかしたいという声が起こって、「お達者くらぶ」とその当時参加していた若いメンバーたちによって名付けられました。その創設から、色々と試行錯誤を繰り返したけれど、何度かミーティングをセミナーで置き換えたのを含めれば、月一のプログラムは一度も欠かすことなく活動を続けてきて、今、20年目に入っています。

 それが今年の11月でちょうど満20年になる、その日(1110日)の通常のミーティングが終わったあとに(あるいは早い目に切り上げて)、記念のパーティーを行いたいと計画しています。転勤などで福島を離れたりしている歴代のスタッフの人たちも来てくれると思います。以前にミーティングに来ていたお達者くらぶOGOBの人たち、家族の人たちは、懐かしい顔と会えるかもしれませんから、ぜひその日を空けておいて、参加してください。

現在ミーティングに参加している現役の人たちも、回復した人たちに会える、その人たちと話せる機会になるのじゃないかと思いますから、ふだんのミーティングの日と様子が違うだろうけれど、ぜひパーティーにも参加を予定しておいてください。

 この日にはお達者くらぶがモデルにさせていただいたNABAからも、最初の数年間は毎月ミーティングに来てくれていたモモエさんたちが駆けつけてくれるだろうと思います。その他にも、初めて福島に行ってみたい、ミーティングやパーティーに参加してみたいと言っている全国の自助グループの人たちがいて、懐かしい人たちだけでなく、ふだん会えないような人たちとも言葉を交わせるのじゃないかと思います。

 パーティーは通常の(あるいは少し短縮した)ミーティングが終わってから夕方に行います。場所はミーティングと同じ県立医大の1階にある学生食堂(医学部玄関を入って右側、自動販売機の奥)です。参加費は無料です。私たちも懐かしい人たちに会いたいので、ぜひ参加してください。


福島医学会 特別賞を受賞しました

 前号で報告しましたように、福島お達者くらぶは福島医学会の特別賞を受賞しました。福島医学会は福島県内の医学関係者が集まって、学術集会を開催したり、学術雑誌を発行する団体ですが、毎年、その研究が医学や医療の進歩・発展に大きく寄与した人を表彰するとともに、社会的な活動も表彰している、その特別賞を今年は福島お達者くらぶがいただいたのです。

その授賞式では、代表して香山がお達者くらぶの歴史を振り返っての講演をしました。その原稿を掲載しますので皆様にも読んでいただければと思います。

 
福島医学会特別賞 受賞記念講演

福島お達者くらぶの活動を振り返る:摂食障害の来し方・行く末

 

1980年代に神経性食思不振症(拒食症)、神経性大食症(過食症)などの摂食障害に苦しむ思春期・青年期の人たちが増えてきて、その人たちが救いを求めた精神科や心療内科の医師たちは治療に苦慮するようになりました。摂食障害は拒食や過食といった食にからむ行動への依存であって、それらの行動が嗜癖化してしまうために難治となるのです。そのため、その回復には、アルコール依存の場合のように、自助グループ活動が重要な役割を持つと考えられるようになって、首都圏や関西圏では1980年代の後半から1990年頃に自助グループが立ち上げられるようになりました。

福島県でもしだいに摂食障害で精神科を受診する人たちが増えてきたとき、もともと少数しかいなかった思春期精神医学や依存症などの分野を専門とする医師たちは、非常に時間のかかる個々の症例にとても対応しきれないと感じました。そこで集団精神療法を兼ねて、ミーティングを中心とする自助的な活動のためのグループを立ち上げる必要を感じ、東京の自助グループを参考にして、グループミーティングを立ち上げようと考えました。

しかし、大都会と違って地方都市では摂食障害の当事者だけでの自助グループの維持はきわめて困難なため、この分野に取り組む星野仁彦先生を中心とする精神科医や精神科病棟で働く看護師の有志の人たちが運営スタッフとして世話をするグループとして、1992年に「福島お達者くらぶ」が発足しました(最初は「福島摂食障害者の会」という名前だったのですが、それではあまりに味気ないというので、「お達者くらぶ」という名前は発足当時にミーティングに参加していた若い当事者の人たちが付けたものです)。

 

その創設当初のスタッフでは星野仁彦先生と本田教一先生が中心的な存在でしたが、本田先生はいわきの舞子浜病院に赴任されて遠くなり、星野先生は福島学院大学が福祉学部を創設した時に学部長になられて忙しくなり、また、お母さんのような温かさで若い人たちに慕われていた平内てつ子さんは故郷の青森に帰られて、当時から今も残っているのは、名簿の管理や会計を担当し私たちの歩むべき方向を正しく示し続けていただいている福島大学保健管理センターの渡辺厚先生、長老的な存在として頼りにさせていただいている桜ヶ丘病院の古川先生、一度は精神科を離れたけれど外来看護師としてまた精神科に帰った七海賀代子さんです。私・香山は半年後くらいに加わりましたが、福島に来る前にいた大学で摂食障害の学生と関わった経験から、もっと勉強させてもらいたかったためです。

 それ以来、今年で20年目に入っていますが、新しくスタッフになってくれた人たちもそれぞれの事情で入れ替わっていって、現在のスタッフは渡辺先生、古川先生、七海さん、香山と、精神科病棟勤務だった時に加わった看護師の佐藤尚子さん、そして看護学部で家族看護学を担当されている畠山とも子先生です。どの時点でも必ず数人のスタッフがいましたが、それは誰でも学会出張などの仕事や個人的な事情でいつも出られるとは限らず、本人・家族2つのミーティングに必ず誰かが出てこれるようにするには最低で5〜6人のスタッフが必要だからです。スタッフが足りなくなりそうになると不思議に誰かが加わってくれました。

 

福島お達者くらぶの活動の中心は、摂食障害当事者のミーティングです。ミーティングというのは、言いっぱなし聞きっぱなし、すなわちお互いに批判しないことと聞いたことを外に持ち出さないことを原則とする、自由な語り合いです。そのようにして、それまで誰にも言えずに苦しんできたことを吐き出し、それをそのまま受け止めてくれる仲間の存在に心から安堵する、そうして自分も生きていてよいと感じることが出来るようになるのがミーティングの意味です。

それに加えて福島お達者くらぶでは、同じように苦しんでいる家族にも手を差し伸べるために、当初から隣り合った部屋で並行して家族ミーティングも行ってきました。これは全国で初めての試みで、それから何年もしてから家族会が当事者のミーティングも並行して行うようになったり、自助グループに参加していた人たちの家族が独立に自分たち自身の自助グループを作ることが少しずつ増えてきた、その先駆けであり、これはその先見性を誇ってよいことだと私たちは思っています。

それ以来ほぼ20年間、ミーティングの形式に多少の試行錯誤を繰り返しながらも、毎月第2土曜日午後の定例のミーティングを一度も欠かさずに行ってきました。それは、決まった日時に決まった場所に行けば必ず仲間やスタッフの人たちと会えるという信頼感を大切にしてきたからです。

 

このように、福島お達者くらぶは純粋な意味での自助グループではありませんが、いくつかの精神科の病院やクリニックが持っているような治療グループでも学習会でも全くなく、自助活動としての意味を追求してきています。

自助グループ活動は東京などの大都市で始まって、その大都市で自助グループを経験した人たちが1990年代中頃からはそれぞれの故郷の地方都市でも自助グループを立ち上げましたが、ほとんどのグループは活動を続けられませんでした。自助グループが活動を維持していけるには自立に到っている回復者が数人以上集まっている必要があり、中心となる人が1人、2人ではその人たちが燃え尽きてしまうからです。

その地方都市の自助グループも2000年代の半ばになってようやく根付くようになりましたが、福島お達者くらぶは早くから地方都市で地道な自助的なミーティングを続けているグループとして、摂食障害の自助活動の世界では老舗として知られるようになっています。ここまで続けて来れたのは、専門職のスタッフが運営している会だということはもちろんあるけれど、スタッフが自助グループ活動の意味と重要性を理解してきたからだと考えています。

そんなこともあって、福島お達者くらぶは自助グループと同じように代表者を置かず、スタッフがそれぞれの特徴を生かして仕事を分担しながら運営していて、明確な事務局というものを置いていません。しかし、連絡場所はきちんと決めておかないと困ります。最初は精神科病棟のナースステーションが連絡先になっていて、そこに勤める何人かの看護師の人たちが実質的に事務局の役目をされていました。しかし、その看護師の人たちが次々と異動してしまったために、この10年ほどは香山が引き受け、福島県立医大の神経生理学講座が連絡先になってきました。その香山が昨年定年退職して、今は新たな勤務先である福島学院大学が連絡先となっています。

 

自助ミーティングでは来たいときだけ参加する自由さが重要であるため、現在、何人くらいのメンバーがいるのか正確に把握することはほとんど不可能です。しかしおおよそのところで、現在までに参加したことのある当事者は400人くらいにはなっていると思われます。そのうちの200人以上は家族の人たちも参加しており、当事者は参加していないけれど家族だけで参加している人たちも100家族以上あります。家族としては母親が多いのですが、父親の参加も増えてきていますし、中には夫やまだ結婚に至っていない付き合っている人といった男性の参加もあります。

 

20年くらい前には摂食障害は思春期の病気と考えられていたのですが、しだいに様相は変化して青年から中年にまで広がってきています。福島お達者くらぶの参加者も、発足当時は中学生・高校生が中心だったのですが、2000年頃には10歳代と20歳以上が半々くらいになり、現在では平均年齢で30歳くらいでしょうか、子どものいる人の参加も増えています。

一方で、中学生・高校生の参加はほとんどなくなりました。摂食障害に苦しむ思春期の人たちがいなくなったわけではなく、「食べて体重が増えるのを避けるのに戻せばいいのだ、食べ吐きなんて当たり前」という考えが広まって、昔のように自分だけがおかしいと一人で苦しむことが少なくなって、ミーティングに来る必要性は減ったのかと想像しています。

その思春期の人たちがかかえている苦しさには「自分はちゃんと大人になれるだろうか」という不安が大きいと思われます。だから、何とか大人へと足を踏み出せば楽になっていく人が多いと感じます。それに対して20歳代以上の人たちの心を占める苦しさには「この世の中で生きていけるだろうか」というもっと深刻な不安の場合が多く、それだけ苦しみも深くなっていると感じられます。それに対しては、社会的なサポートも必要になっていると感じています。さらに最近、中高年の人たちにも摂食障害が出てきていて、違う不安をかかえているようなのですが、それについてはまだ考察の途中です。

 

お達者くらぶに参加した人のうちのどのくらいの人が回復に到ったかは、全くわかりません。良くなった人は自分の生活が忙しくなって来なくなるし、良くならなかった人も諦めて来なくなるだろうから、統計の取りようがないのです。それでも、たくさんの人たちがこの会で救われたことを伝えてくれています。

また、拒食や過食は止まって今はミーティングには来なくなった人でも、心には生きづらさを抱え続けている人も多く、その人たちはこの会が存続していることだけで安心を感じてくれています。その人たちともつながっていられるように、お達者くらぶでは3ヶ月ごとに会報を発行して送るようにしていて、それも15年以上の積み重ねになりました。

そのように、時代の状況に対応しながら支援活動を続けてきたのですが、最近、お達者くらぶミーティングに参加していた人たちの中に、結婚する人たちが次々に出てきました。その人たちはみんな、苦しさを救われたくて、すがりつく相手を求めて結婚したのではなく、本当にこの人と人生を共にしたいと感じる人に出会ったのです。その喜びの声や子どもが生まれたことを聞くと、お達者くらぶの活動をここまでやって来れた意味を感じて、嬉しく思っています。今後も苦しさをかかえた人たちが求めるものを感じ取りながら、支援を継続していきたいと思います。

 

福島お達者くらぶ連絡先

 電話:070-6622-8026(お達者くらぶ専用)

メイル:f_otassya@yahoo.co.jp (新アドレス)

郵便:960-8505福島市本町2-10

福島学院大学駅前キャンパス 香山研究室気付

 

電話は呼び出し音が20秒鳴っても出ないときには留守電(伝言メモ)につながりますが、録音可能なメッセージは約15秒以内です。留守電を聞いて、必要な場合にはこちらから電話しますが、この電話は着信専用なので、別番号の電話からになります。

連絡はなるべく手紙かメイルでいただけたらと思いますが、お達者くらぶやミーティングについての問い合わせなどは遠慮なく電話してください。不在のことも多いので、一回でつながらなくてもめげずに、何度もかけてください。

 ただし、個々の問題についての相談には応じられません。それは、全く同じように見える人でも、例えば抱きとめてあげるのか、逆に突き放してただ見守ってあげるのがよいのか、人によっても、その人の時期によっても、全く違った対応が必要になることが多く、それは長い時間をかけて何度も何度もお話を聞かないと判断できず、電話では責任ある対応ができないからです。ご理解ください。

 お達者くらぶやミーティングについての案内は、様々な情報とともに、ホームページに出ています。

アドレス: http://www.geocities.jp/fotassya3/

すごくきれいなページですし、メッセージや過去の会報なども出ていますので、ぜひ開いてみてください。