このミーティングでは、今まで誰にも話すことができずに心の中で渦巻いて重くのしかかっている心の傷になっている記憶などを吐き出すことができます。そうすると、あなた以外にも同じような苦しみを抱えて苦しんできた人たちがいて、その苦しみに共感して一緒に背負ってくれます。それで肩の荷が少し軽くなり、楽になっていく、それがミーティングの目的です。
そのミーティングは決して傷の舐めあいではありません。みんなギリギリで生きているから、他の人の傷をなめる余裕なんてない、あるのはただ共感と自分は天涯孤独な人間ではなかったという安心感です。
本人、家族とも、ミーティングでは言いっぱなし・聞きっぱなしが原則です。他の人の話しには共感はしても批判はしないこと、また、外の人たちに、特に話した人のプライバシーにかかわることはけっして話さない、ということが約束です。
本人ミーティングは長く言いっぱなし・聞きっぱなしを厳密に守った自助グループと同じ形でやってきましたが、これでは話す人のモノローグ(独白)になってしまう雰囲気が強くなりました。そこで、ミーティング開始からちょうど四半世紀(25年)が経過したところでスタイルを変え、スタッフも加わったダイアローグ(対話)を取り入れたミーティングにしています。
スタッフは摂食障害の基になっている問題をよく理解している援助職者で、心の中にわだかまっていることを自然に話せるように、気を配っています。安心してその場の雰囲気に身を置いてください。
しかし、個人的な相談の場でないことは理解してください。スタッフでもその相談に乗るには、長い時間をかけて話しを聴いていかないと適切な話しをすることはできないからです。
あとで仲間の人に、電話したりメールや手紙を書いていいですかと尋ねてみてはどうでしょうか。
家族のミーティングの方はベテランのスタッフが司会して、時に聴かせてもらった言葉にコメントすることがあります。それは、「うちの子供は甘えているのだ。殴ってでも聞かせなければならない。」というような、事情をまったく理解できていない親が時にいたりして、「それは違うのですよ」と言ったりしなければならないときがあるからです。
心にかかえた苦しさとして、今まで誰にも話せなかった子どもの様子から話す人が多いのですが、子どもにどう接すればいいということを教えてくれる教育的な集まりではありません。しかし、他の人たちの話しの中から自然にそれが見つかっていくことが多いのです。そうしていく中で、だんだんと自分自身が人生や生活の中で問題を抱えてきたことに気付き、それを話すようになって、そうして楽になる人が多くいます。
参加メンバーによる寄せ書き「よせがきだべした」
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