リュージュ(龍樹)の伝言

第21回:プライマリ・ケアの研究(下)

2013/03/29

それではMarkのThesisを見てみよう。Chrisの講座では、PhD候補生は自分で好きなように自分のThesisの製本をする。一昨年PhDを取得したTimのThesisも、2010年に「コロナ」と呼ばれる12名のPhD最終審査試験官のひとりとして招待されて私も口頭試問したLiekeのThesisも、それぞれに思いを込めたユニークな製本だった。MarkのThesisは、白い表紙にタイトル『Hypertension management in primary care: Could less mean more? 』がレリーフ(浮き彫り)になっている。

 

 「より少ないことにより意味があるか」という謎めいた副題。そして最初のページには、ギリシアの哲学者ヘラクレイトス(紀元前540-480頃)の言葉「Panta rhei(万物は流転する)」が書かれている。そこに収載されている5つの論文は、すべて図表と参考文献のページは黒地に白で書かれている。厚みのあるThesisの全体を少し「しならせて」みると、黒白の縞模様がバームクーヘンのように見える。物事を深く考える一方でウィットに富み、モノクロ写真と森を愛するMarkらしいスタイリッシュなThesisに仕上がっている。

 

 もちろんThesisは中身が大事である。彼は、高血圧を研究することの意味から始める。なぜすでに多くが研究されている高血圧をさらに研究するのか。心血管疾患に最も関連する危険因子、世界中で有病率が20-26%、診断と治療は比較的単純で、収縮期血圧を10mmHg下げるたびに冠動脈疾患は21%、脳卒中は37%低下するなど効果は実証されている。しかし問題は、正しく診断されている患者が50-70%、治療によって血圧を適切にコントロールされている患者が30-50%にとどまっていることである。

 

 では、どうやって高血圧のマネジメントを改善したらいいのか。まずMarkは、オランダのGP向け高血圧診療ガイドラインの発表(1991年)と改訂(1997、2003年)がオランダGPの高血圧診療のアウトカムにどのような影響を与えてきたかを調査して、オランダGPによる高血圧診療の実質的効果を確認した [Eur J Gen Pract. 2008; 14(Suppl 1):7-52]。

 

 次に、病院・診療所で数分おきに連続して30分間自動的に血圧測定する新しい方法 automated office blood pressure measurement(AOBPM)を開発し、白衣高血圧などさまざまなエラーを回避できないにもかかわらず現在まで高血圧の診断の主流である病院・診療所での血圧測定法(office BP measurement, OBPM)と、そして日本でも使われる24時間血圧測定法(24-hour ambulatory BP measurement, 24h ABPM)とを比較している。

 

 その結果、AOBPMは OBPMよりも優れた再現性で真の血圧を反映していることが示された [Br J Gen Pract. 2011;61:562-563]。さらに、座位で測るAOBPMは 24h ABPMと比較しても遜色なく [Ann Fam Med. 2011;9:128-135]、仰臥位で測るAOBPMも 24h ABPMと比較しても遜色がなかった [submitted]。24時間でなくて30分で済むことは、患者にとって大きな恩恵である。最後に治療として、患者のいくつかの特徴によって2種類の降圧薬(利尿薬とアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)の効果に差があるかをオープンラベルでエンドポイントをブラインドにした交差試験で検討し、特別な予測因子は見出せなかった [submitted]。

 

 このように、診療ガイドラインの評価から、新しい診断方法の開発と評価、そして費用対効果に優れたパーソナルな治療を目指すための試みなど、広範囲にわたる複数の研究を行って、患者にとって苦痛のより少ない、プライマリ・ケアでの質の高い高血圧のマネジメントを追究している素晴らしいThesisである。さらに特筆すべきは、対象となる患者すべてが、Markたちが働く地域にねざした複数のGP診療所に登録されている患者であることだ。世界的に評価の高いオランダのプライマリ・ケア研究は、こうした複数のGP診療所でデータベースを共有する診療所ベースの研究ネットワーク(Practice Based Research Network, PBRN)から生み出されているのである。

 

 Markが最終審査に合格してPhDを取得したことは言うまでもない。Chrisも口頭試問でのMarkの優秀さを “Mark did a great defense” と賞賛していた。さらに嬉しいことに、そのMarkが私たちの招聘に応えて来日し、今年5月の日本プライマリ・ケア連合学会の学術大会(仙台開催)でGPのキャリア形成についての国際シンポジウムで発表してくれる。

 

 PhDのお祝いとして、Markは私に「何か木でできたものにリュウキの名前と好きな言葉を書いてプレゼントしてほしい」と所望している。5月になってその「何か」をMarkに手渡すことも楽しみだ。



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