リュージュ(龍樹)の伝言

第36回:家庭医療学のPhD

2014/04/12

 3月25日、本学の大学院医学研究科博士課程(家庭医療学専攻)4年生の菅家智史君と望月亮君が、最後の難関である博士論文審査に合格して大学院を修了した。日本の大学院の正式なプロセスを経て家庭医療学、プライマリ・ケアの研究が医学博士(PhD)に値すると評価されたことは、日本では極めて珍しい(もしかしたら最初の)出来事だろう。

 

 私が福島医大へ赴任してから8年が経ってようやく、大学院生を兼ねることができる4年間の後期研修プログラムの修了(現在5期生まで)、日本プライマリ・ケア連合学会(JPCA)認定の家庭医療専門医・指導医の取得(現在4期生まで)に続くアカデミック家庭医として発展できるキャリアパスに進んでもらうことができた。意義深く感慨もひとしおである。

 

 実のところ、彼らの博士論文審査は容易ではなかった。これには、日本における家庭医療学とプライマリ・ケア研究の運命とも言える象徴的な部分があるので、ここに記しておきたい。

 

 菅家君の博士論文のタイトルは『Interventions of body weight reduction in obese patients during short consultations: an open-label randomised controlled trial in the Japanese primary care setting(短時間の外来診療における肥満患者への減量介入:プライマリ・ケア環境におけるオープンラベル ランダム化比較試験)』で、「プライマリ・ケア環境において、定期的な外来診療時間内での毎回の体重測定と減量助言が、肥満患者の体重減少に与える効果を検証する」ことを目的としていた。

 

 望月君の博士論文のタイトルは『A questionnaire survey of the need for a primary care consultation model in Japan(日本のプライマリ・ケアに適した外来診療モデルのニーズ調査)』で、「JPCA認定家庭医療後期研修プログラムに所属する後期研修医・指導医の診療状況を調査する」ことと「上記対象者における、日本のプライマリ・ケアの診療環境に基づく診療モデル(“日本モデル”)のニーズ調査」を目的としていた。

 

 今や循環器専門医と管理栄養士など多数の専門家を揃えた「肥満外来」さえ少なくない病院中心の日本の減量介入や、質や満足度などともかく限られた時間に数をこなすことが尊ばれる日本の外来診療の環境の中で、診療所を基盤としたプライマリ・ケアの現場で行われたこれら2つの研究の発端となったリサーチ・クエスチョン自体(とその価値)を理解してもらうのが大変だったのだ。

 

 イアン(マクウィニー先生)も言っているが、学問が1つの専門分野として認められる基準は、その分野にいる人たちにしか抱くことが出来ない独自のリサーチ・クエスチョンがあるかどうかである。自分たちの診療現場に身を置かなければ思いつかないし価値も理解できない診療上の疑問があるのだ。その疑問に答えを出すための研究がその専門分野の研究である。「研究の方法や分析方法は他の分野から借りたものであっても、リサーチ・クエスチョンそのものはその分野に固有のものでなければならない」とイアンは教えてくれた。

 

 その意味で、菅家君と望月君の研究はしっかりとプライマリ・ケアの専門性を主張したものである。現行の規定では専門分野の異なる審査委員によって学位論文審査が行われるので、審査する方もされる方も大変だったに違いない。両者の努力に敬意を表したい。

 

 日本では総合診療の研究と言うとどうも病院を基盤とした(プライマリ・ケアとは異なる)セッティングでの研究になってしまうようだ。菅家君と望月君には制度の限界にも耐えながら取得した家庭医療学のPhDを誇りに、さらにプライマリ・ケア研究を日本で発展させる先駆けとなってもらいたい。



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