リュージュ(龍樹)の伝言

第42回:『OECD Reviews of Health Care Quality: Japan』(上)

2014/11/10

 まず、前回のブログから今日まで、相当時間が経ってしまったことをお詫びします。多忙に過ごしてきたと言えばそれまでですが、この4ヵ月余りの間にまとまった執筆や翻訳が続いたため、それに加えてさらに「文章を書く」という行動をとる余裕がなかったのが実情に近いです。この間に非常に多くのことが私のまわりで起こっていて、国内外を旅しての見聞や思索も含めこの『伝言』に書いておきたいことは少なくありません。でも、今回はごく最近の話題から始めましょう。

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 11月5日、経済協力開発機構(The Organisation for Economic Co-operation and Development; OECD)から『OECD Reviews of Health Care Quality: Japan(OECD 医療の質レビュー:日本)』のエグゼクティブ・サマリーに相当する「Assessment and Recommendations(評価と提言)」が発表された。その根拠となるエビデンスと詳細な検討そして図表や参考文献を含んだ報告書の全体は2015年春に出版されるそうだが、この「評価と提言」だけでも英文、その和訳それぞれ30ページを超え、量・内容ともに大きなインパクトを持つ。

http://www.oecd.org/els/health-systems/ReviewofHealthCareQualityJAPAN_ExecutiveSummary.pdf

 

 これからこの「評価と提言」と報告書本体は、さまざまなステークホルダーの人たちからそれぞれの立場で読まれるに違いない。一部の医療系メディアを除き、日本の大手メディアがほとんどあるいはまったくこのことを報道していないことは不思議である。しかし、日本におけるプライマリ・ケアの整備を願う私にとって、医療の質の改善とプライマリ・ケアの確立を説くこの「評価と提言」は、「なぜ日本でプライマリ・ケアの整備が必要なのか」という問いに答える際に、国際的視点で日本の医療がどう評価されているかを示す説得力のある資料となるので大いに歓迎したい。これからさまざまな場面で引用していきたい。この種の国際的評価はする方もされる方も相当なエネルギーを要するはずで、関係者の方々の貢献に深い敬意を表したい。

 

 ぜひ多くの人にこの「評価と提言」の全文を読んでもらいたい。上記リンクからダウンロードできるPDFファイルの59ページから63ページまでに「日本医療の質を改善するための提言」(和訳)がまとめて記載されているので、まずそこから読み始めても良いだろう。

 

 今回と次回で、この「提言」の第2章「プライマリ・ケアの明確な専門分野を確立する」の各項目について、若干のコメントをしておきたい(さらに詳しい論考については別に発表の予定である)。なお、ここでは「primary care」の日本語表記として、学会名にも使用されている「プライマリ・ケア」を用いた。また、文中の英文表記は「提言」の原文で使用されているものである。

 

 まず第1項は、プライマリ・ケア専門医についてである。明確な認定基準によって、新しいプライマリ・ケア専門医(primary care specialists)を現在地域にいる一般医(community generalists)から区別した上で、初期においては両者が共存する2本立てアプローチ(twin-track approach)の必要性を認めていることは、現実的である。日本では2017年から「総合診療専門医」という名称の専門医が養成されるが、これがプライマ・ケア専門医としての明確に定義された臨床能力を発揮できるように、研修カリキュラムを作成しなければならない。一方で、「かかりつけ医」がこの専門医に近い役割を果たせるような生涯教育カリキュラム作成も必要である。

 

 第2項と第3項は、大学の役割についてである。日本の医学部にプライマリ・ケア学科(academic departments of primary care)と大学院課程が創設されることを支援すべきだと提言している。その学科の役割について、専門分野の教育に加えて、プライマリ・ケア研究を行って、プライマリ・ケアに特化した臨床ガイドライン作成を支援することを述べていて嬉しい。私がこれから優先して取り組みたいプロジェクトでもあるからだ。日本では、病院を基盤とした2次ケア、3次ケアのセッティングでの臨床研究が中心であるが、地域を基盤としたプライマリ・ケアのセッティングでの臨床研究のエビデンスによって、プライマリ・ケアに焦点を当てた診療ガイドラインが作成されることは、日本のプライマリ・ケアの質を高く維持するために重要である。

 

 第4項は、プライマリ・ケアの専門性としての継続的・全人的なケア(continuous, holistic care)についてである。その対象は、精神医療(mental health care)を含む複数の複雑な医療ニーズを持つ患者としている。複数の問題を1人で抱える重複罹患(multimorbidity)を重視していると考えられ、ここでは明確に述べられていないが、重複罹患の割合が高い高齢者のケアでもプライマリ・ケアの果たす役割が極めて重要であることになる。精神医療については、「質の高い精神医療の確保」について提言している第4章でも、プライマリ・ケア専門医の役割として強調されている。さらに、現在は介護保険の下で利用されるケアプランやケアマネジャーの業務拡大にも言及していることは、プライマリ・ケアの整備によって日本の地域包括ケアが、すべての地域住民のすべての健康ニーズのすべての種類のケアに対応できる、本来の(グローバル・スタンダードでの)地域包括ケアへ発展することへの期待として意義深い。

 

(第5項〜第9項については次回へ続く)



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