リュージュ(龍樹)の伝言

第43回:『OECD Reviews of Health Care Quality: Japan』(下)

2014/11/24

 前回に引き続いて、『OECD医療の質レビュー:日本 − 評価と提言』の「日本の医療の質を改善するための提言」第2章「プライマリ・ケアの明確な専門分野を確立する」の各項目についてコメントしていきたい。

 

 第5項は、指標を設定して、私たちのプライマリ・ケアがそれらの指標に対してどこまで達成できているかを明らかにすることを提言している。私はこれを「プライマリ・ケアの見える化」と言っている。ここで整備しなければならない「プライマリ・ケアを支える情報インフラストラクチャー」は、プライマリ・ケアの日々の活動内容を記録・蓄積するデータベースが重要である。日本では病院医療のアウトカムを示すデータはあっても、診療所を中心としたプライマリ・ケアでどんな問題がどのように扱われたかを示すデータベースが存在しない。レセプトのデータでは不十分で、プライマリ・ケアでの診療プロフィールが継続性・包括性も含めて表現しやすいプライマリ・ケア国際分類(ICPC)を搭載した電子カルテシステムが必要である。

 

 第6項は、プライマリ・ケアの専門医への患者(住民)の登録についてである。医療機関へやって来る患者だけを診ていても、地域にいる人たちがどれだけ健康かはわからない。ある地域の住民に継続した責任を持って予防、健康維持・増進に取り組むには、病気になる前から自分たちが担当する住民を把握する必要があり、登録制は一つの方法である。ただ、オーストラリアのようにフリーアクセスであっても住民の90%がまず家庭医を利用する社会では、ほぼ同じ責任が果たせることになるのだろう。

 

 第7項は、質とアウトカム評価による経済的インセンティブについてである。このためにも、「プライマリ・ケアの見える化」を可能にするデータベースが必要であるし、プライマリ・ケアの臨床研究からのエビデンスやそれに基づく診療ガイドラインを参考にした標準化されたアプローチが示される必要がある。日本ではこうした「標準化」やEBM(evidence-based medicine)が「制限医療」であるとか、「個別性」を無視した「画一医療」であるとかの見当違いの批判がまだある。経済的インセンティブと連動させる際には、家庭医療の専門性の核となる「患者中心の医療の方法」を理解し実践できるような総合診療専門医の養成を先行させた方が良い。彼らは、標準したアプローチを理解した上で、個々のケアにそれをどう役立てるかを自律的に患者・家族と相談していくことができる。

 

 第8項は、慢性疾患の管理での看護師の役割についてである。日本では、プライマリ・ケアの専門医である「総合診療専門医」の養成がようやく国を挙げて取り組まれるプロジェクトになるが、地域で総合診療専門医と共にプライマリ・ケアチームで専門性を発揮する看護師の養成も同時に進めなければならない。どの範囲の問題をどの程度担うのかについては、海外の事情を参考にしつつも、日本の実情に合わせて柔軟に決めていく必要があるだろう。

 

 第9項は、キャピテーションについてである(capitation element to pay for primary care)。現在の出来高払いだと、患者がより健康になって病院・診療所に来なくなれば医療機関の収入は減少するため、不必要な検査や薬から患者を守るというインセンティブが働きにくい構造になっている。それでは質の高いプライマリ・ケアを提供することが困難になる。キャピテーションやケアの質を評価する仕組みなども組み合わせた賢い診療報酬制度を創設することが求められる。

 

 以上、プライマリ・ケアの分野に限っても、日本がこれから国を挙げて取り組まなければならないプロジェクトについて、このOECDのレビューは多くの示唆に富んだ提言を盛り込んでいる。もちろん日本の政府や多くのステークホルダーたちがこれらの提言にどう応えるかが問題であるが、プライマリ・ケアを専門としている私たちの責任ある行動が重要だ。



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