リュージュ(龍樹)の伝言

第49回:9.11と3.11

2015/08/06

 「ワールドトレードセンターは、私の家族にとって生活の中心的な場所だったの。子どもたちはそこが通学路の一部で、週末にはお祭りが開かれ、日常の買い物をするのもそこにあるお店へ行ってたわ。」メリアム・ローベルさんはそこで息をついた。「そのビルが消えたとき、まるで私の両足の下の大きな支えが奪われたように感じて…」

 

 先月末に「9.11家族会( http://911families.org )」のメンバー6名が、福島県立医科大学を訪れた。2011年の「3.11」東日本大震災後にいち早く支援の手を差し伸べてくれた米国日本人医師会の副会長でもあるロバート・ヤナギサワ先生らの尽力で、彼が所属するニューヨークのマウントサイナイ医科大学と福島医大の学生同士の交換留学が続いていて、今回は今年の留学医学生3名の2ヶ月におよぶ日本滞在の修了式に合わせて、2週間日本に滞在していた「9.11家族会」一行が来福して、修了式に同席してくれたのだ。

 

 「9.11家族会」一行は、「3.11」以後、福島県相馬市や宮城県石巻市などの被災者との交流を続けていて、今回が3回目の来日となるメンバーもいた。自分たちが経験したことを伝える「語り部」としてのミッションに重点を置いていて、メリアムが館長を務める「9/11 Tribute Center」には300を超える物語を聴くことができ、ホームページでも、“The Stories of 9/11 told by those who were there.”としてオンラインで多くの体験を動画で聴くことができる( http://tributewtc.org )。

 

 福島医大の訪問は短時間で、フォーマルな挨拶と福島の状況に対する質疑応答が主だったため、残念ながら「9.11家族会」メンバー1人ひとりと個人的にお話をすることができなかった。ただ、幸い私は、次の目的地へ行くチャーターバスまで一緒に歩きながら、メンバーの1人であるメリアムに話しかけて彼女の思いを聴くことができた(それが冒頭の言葉である)。私の方からは、自分の福島での経験や核実験が行われたマーシャル諸島と大震災を経験した台湾へ調査に行ったことを語った。生活の場を失われることがどれほど辛いことか。「悲惨な経験をした人たちがどのようにして他の人たちを助けるようになったのか」その話を聴くことが私たちの癒しにつながることについて、2人で共感し合った。すぐに出発の時間となり、「後はメールで、そしていつか9/11 Tribute Centerで会いましょう」と言ってバスを見送った。

 

 不思議な符合で、8月4日のJAMAには久しぶりに『The Rational Clinical Examination』シリーズの新しいシステマティック・レビュー[1]が発表された。テーマは、心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder; PTSD)のプライマリ・ケアでのスクリーニングについて。それに関連したEditorial [2]も示唆に富む。「3.11」後、メディアのみならず研究者までが、PTSDについてオーバーな発表をする傾向があったが、一方で、プライマリ・ケアの現場で適切にスクリーニングされているかというと、標準化されておらず、見逃されていることが多いのではないだろうか。プライマリ・ケアで「発見」されたPTSDの人をどのように専門家のケアへつなぐのかのネットワークもまだまだだ。今回のレビューも参考にしつつ、私たちの拠点からできることを始めていきたい。

 

 世界的に見れば戦争がPTSDの最大のリスクの1つだろう。JAMAのPTSD関連の論文も、多くが米国の退役軍人の医療に関わる研究者による。戦争で愛する人を突然失う悲しみをテーマにした映画は多いが、死者に対して払われる最大限の敬意を表現して秀逸な映画に『Taking Chance』(Ross Katz監督、Michael Strobl脚本, 2009)がある。私が好んで行う、映画の一部を見て人間についての洞察を深める家庭医のための教育モジュール「Cinemeducation」でも、この映画を用いたことがある。この映画は実話に基づいており、イラクで戦死した米海兵隊兵士の遺体を故郷ワイオミングの家族の元へ護送する海兵隊中佐を演ずるケビン・ベーコンの感情を抑えた演技が、観る者に深い悲しみを与える。

 

「 9.11」と「3.11」のせいで「さよなら」のない別れ“leaving without Goodbye”[3]に取り残されて苦しむ人たち同士の語り合いを、これからも支援し見守りたい。

 

[1] JAMA. 2015;314(5):501-510. doi:10.1001/jama.2015.7877.

[2] JAMA. 2015;314(5):453-455. doi:10.1001/jama.2015.7522.

[3] Pauline Boss. Ambiguous Loss: learning to live with unresolved grief. Harvard University Press, 1999.



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