リュージュ(龍樹)の伝言

第50回:もし日本の医療関係者がドラッカーの「マネジメント」を読んだら

2015/08/25

 夏の終わりに長野市の善光寺城山公園東隣にある長野県信濃美術館を訪れた。以前からここを知って行ったというのではない。比較的急に、長野市で自由に半日を過ごせることになった。少し時間に追われそうだが戸隠を歩いてみようか、松代へ行って来年のNHK大河ドラマ『真田丸』を想像しようか、前夜にはそんなことを考えていたが、朝になったら生憎今にも雨が降りそうな天気。そこで急遽美術館へ向かったのである。

 

 でもこれが幸いだった。ちょうど、企画展『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画「マネジメントの父」が愛した日本の美』が開かれていたからだ。ドラッカーと水墨画―知る人にとっては有名な因縁なのだろうが、私には未知だった。わくわくしてきた。

 

 ここで信濃美術館の案内文を引用しておこう:

『経営学者として、現在も世界のビジネスパーソンに影響を与え続ける「マネジメントの父」、ピーター・F・ドラッカー(1909-2005)。実は、彼が熱心な日本古美術愛好家であったことをご存知ですか? 日本の伝統的な絵画に魅せられたドラッカーは、1点1点、自分の眼でじっくり確かめながら作品を蒐集し、室町時代の稀少な水墨画、江戸時代の文人画、近年人気が高い伊藤若沖や長澤蘆雪、白隠の禅画など、個性的なコレクションを作り上げました。本展では、初公開作品を含む111点とその他ドラッカーゆかりの品々を展示し、ドラッカーが愛した珠玉の水墨画をご紹介します。』

 

 3展示会場、7章に分けて、ドラッカーの著作から興味深いエピソードも引用しながら彼のコレクションを魅力的に紹介する企画展は、素晴らしかった。コレクションの半数近くが室町時代の水墨画、特に山水図である。海外のコレクターなら興味を持つのではないか、と勘ぐってしまう浮世絵が1枚として無かったことも印象的だった。

 

 休日なのに、家庭医の性(さが)は休まないもので(笑)、山水図という「前景」を見ながらも、私の想いはドラッカーがなぜこれらの水墨画を必要としたのかという「背景」へと巡って行った。彼のコンテクストを理解したかったのだ。

 

 ウィーン生れのユダヤ系オーストリア人。フランクフルトで学び、ナチスの勃興により英国ロンドン、次いで米国へ移住。古い社会原理の崩壊や戦争の不条理によって受けた傷は浅くはないだろう。そのドラッカーが、水墨画に「心の平安を得て癒された」とまで述べている。一切の無駄を排したこれらの禅画に彼は何を見たのだろう。私はドラッカーの研究者でも熱心な読者でもないので(それらの方々からはご容赦いただきたいが)、勝手に「ドラッカーのマネジメントを解くカギは禅にあるのではないか」などと思ってしまう。的を得ているかの是非はともかく、私にとって「もっとドラッカーを読んでみよう」と動機づけられたことが収穫だ。

 

 ここへ来て私は、かつて私をキューバの家庭医に紹介してくれたWONCA(世界家庭医機構)前会長リッチ・ロバーツ教授(米国ウィスコンシン大学マジソン校)が『WONCA News』に書いたキューバ訪問記の一節を思い出した(WONCAのウェブサイトでは、彼の会長時代の文章をまとめて『From the WONCA President: 2010-2013』として公開している。思い出した一節は下記ファイルのp.27)。

http://www.globalfamilydoctor.com/site/DefaultSite/filesystem/documents/presidentDocs/roberts%20combined.pdf 

 

 キューバ革命によって、医師も含め多くの人材が国を去り、資源も専門家も極めて乏しい中で、キューバに残った人たちは、まず国民のより良い健康を支えるための基盤(プライマリ・ケア)の構築に集中せざるを得なかった。その輝かしい成功はマネジメントの「グル」ジム・コリンズも賞賛するだろう、とリッチは書いているのだ。日本でも『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者として知られているジム・コリンズは、言わばドラッカーの次世代の経営学者である。

 

 ドラッカーと、装飾ではなく解脱によって真理に迫る禅画。マネジメントと、資源の無駄使いをせず費用対効果の高さを追求するプライマリ・ケア。これらのものが緩やかに、そして必然として、私の中で繋がってきた。

 

 岩崎夏海の小説(漫画・映画)のタイトルをもじって言えば、『もし日本の医療関係者がドラッカーの「マネジメント」を読んだら』どうなるのか。ここで私は、「医療関係者」として政策立案者から現場のケア担当者まで含めて考えている。「マネジメント」をちゃんと学んだ上で、医療保健制度を設計し、地域の医療計画を考え、医療機関を経営し、ケアを実践すべきなのだ。



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