リュージュ(龍樹)の伝言

第51回:A Journey with Dr. Ian McWhinney(1)旅の始まり

2015/11/07

 23年前、家庭医を目指す日本人レジデント(研修医)がカナダのバンクーバーからオンタリオ州ロンドンへやって来た。4週間の選択研修をするためだった。彼は、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)の教育病院で体力的にもハードなICU・CCUローテーションを終えたばかりだった。急いでバンクーバー空港からトロント行きの飛行機に飛び乗ったが、あいにくの悪天候で到着が3時間も遅れた。トロント空港からロンドンまでは約180 km、ハイウェイで2時間ほどの道のりだ。彼は空港からロンドン行きの小型の乗合バスに乗った。1月末のことで、凍てつく窓ガラスを指で溶かしその向こうに広がる灯りもまばらな夜の大平原をぼんやり眺めながら、彼は「到着は真夜中になるな」と独りごちた。

 

 その日本人レジデントというのは、かつての私である。当時UBCの家庭医療専門研修には4週間の選択研修が設定されていた。この『伝言』の第2回『Ian R. McWhinney先生』で書いたような彼の著書との衝撃的な出会いがあった私は、オンタリオ州ロンドンにあるウェスタン・オンタリオ大学(現在はウェスタン大学と名称変更している)へ行ってMcWhinney教授(以下、親しみを込めてIanと呼ぶ)のもとで「家庭医療とは何であり、なぜ必要なのか」を学ぶことを希望していた。

 

 UBCの家庭医療レジデントは選択研修をBC州内で行うことが定められていたが、私があまりに熱心に希望するので、家庭医療学講座主任(当時)のCarol P. Herbert教授が、私の選択研修受け入れを依頼する手紙をIanに書いてくれた。まだ電子メールなどない時代である。しばらくしてIanから私へ直接手紙が届いた。「Carolから聞きました。歓迎します。どうぞいらっしゃい。コンピューターと電話のある部屋を用意します。知り合いがB&Bをやっているのでそこへ泊まるといいでしょう」という内容だった。何と幸運だったことか。

 

--- 夜の闇を走る小型バスの備え付けの電話が鳴った。まだ携帯電話もない時代だ。ドライバーがそれに出て話していた。「このバスにRyukiは乗っているか?」とドライバーが乗客に尋ねた。「Ryuki」をちゃんと発音するのは英語を母国語にする人には難しく、ドライバーは「ウラウキ」「ラユキ」などと何度か言い直していた。「私ですが」と答えると、「電話が来ているよ」と受話器を手渡してくれた。

 

 電話をかけてきたのはIan本人だった。もちろんこの時が言葉を交わす最初だった。「フライトが遅れたことを航空会社から聞きました。大変だったね。疲れたでしょう。でも心配しなくてもいい。ロンドンのバスターミナルで待っているから気をつけていらっしゃい。」驚きだった。受話器をドライバーへ返してからも、私はしばらくぼーっとして、Ianの良く通る低音で言われたことを反芻していた。

 

 もう真夜中過ぎなのにIanはバスターミナルで待っていてくれた。穏やかな笑顔で、はるばるやってきた私をねぎらってくれた。Ianは自分で車を運転して、途中満足に食事をしておらず空腹だった私を自宅へ連れて行き、そこでは奥さんのBettyが温かい食事を用意していた。食事の後で、Ianの知り合いが経営しているB&Bまで送ってくれた。Ianに初めて会った感激と温かい出迎えへの感謝、そして旅の疲れと時差とがごちゃまぜになって、その夜の眠りは浅かった。

 こうしてIanと家庭医療学を巡る旅が始まった。

 

 その家庭医療学を巡る旅は、今年9月の私のオンタリオ州ロンドン再訪で新たなハイライトを記した。『Dr. Ian McWhinney LECTURE SERIES』と呼ばれる記念講演シリーズを今年からウェスタン大学家庭医療学講座で開催することになり、WONCA会長のMichael Kidd教授が『The Importance of Being Different』と題して第1回の記念講演を行った。そして光栄なことに、私にもサブの演者として講演をする機会を与えられたのだ。私の講演のタイトルは『Family Medicine in Japan: A Journey with Dr. Ian McWhinney』である。それらの講演とイベントの様子は講座のホームページから動画で見ることができる(私の動画はファイルの6:45ぐらいから始まる)。

http://livestream.com/SchulichSchoolofMedicineandDentistry/events/4296168

http://livestream.com/SchulichSchoolofMedicineandDentistry/events/4351987

http://livestream.com/SchulichSchoolofMedicineandDentistry/events/4351993

 

 そこで話したことも含みながら、これから何回かに分けて、私が経験してきた「Ianと家庭医療学を巡る旅」についてこの『伝言』で折々に書いていこうと思う。



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