リュージュ(龍樹)の伝言

第52回:芸術の春

2016/04/06

 新学期である。そして久しぶりの『リュージュの伝言』である(お待たせしました)。

 

 昨日は喜多方へ行ってM君(先月末当講座の家庭医療学専門医コースを修了)のポートフォリオをレビューして、今日は医大でミーティングがあるため福島市へ移動した。福島県は広く気候も異なるので、特に季節の変わり目には移動しながら景観のコントラストを楽しめる。昨日喜多方市街から望む飯豊連峰はまだ全山真っ白で神々しく、今日福島市では桜が満開だ。

 

 ふと思い立ち、移動の途中で時間を作って久しぶりに福島市にある県立美術館に立ち寄ることにした。その気にさせたのは、満開の桜と陽光に加えて、今日から『フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展』が開催されているからだ。

http://www.rfc.jp/vermeerfukushima2016/

 

 素晴らしい展覧会だった。ネーデルラント連邦共和国が国際的貿易国へと発展していく時代を背景に生み出された風景画、肖像画、海洋画、建築画、静物画、風俗画たちは、オランダ黄金時代における絵画の多様性と水準の高さを雄弁に語っていた。福島県立美術館という地方都市にある美術館というセッティングも良かった。(決して皮肉ではなくて)これだけの展覧会が混雑も行列もなくじっくりマイペースで鑑賞できることに感謝である。おまけに外は快晴の青空に満開の桜、である。

 

 「光の画家」として知られるデルフト出身のヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)の『水差しを持つ女(Young Woman with a Water Pitcher)』、アムステルダムで名声を手にし、独特な発想、技法と構図で人気を博したレンブラント・ファン・レイン(Rembrandt van Rijn)の『ベローナ(Bellona)』という日本初公開の有名作品を含む、主としてニューヨーク・メトロポリタン美術館とアムステルダム国立美術館が所蔵するオランダ絵画57点が一挙に福島にやってきた背景には、本学のある教授(本人が照れるので名前は伏せる)とオランダの関係者との長きにわたる友情があるということだ。展覧会を監修したオランダの主任学芸員の公式のメッセージには次のように書かれていた。

The exhibition in Fukushima is special in that, in collaboration with the Fukushima Medical University, it is a means of contributing to the city’s recovery from the disaster of 2011. Art has the power to heal: we trust that these inspiring paintings will bring solace to the people of Fukushima.

 

 オランダとの交流というと、当講座はWONCA(世界家庭医機構)元会長のChris van Weel名誉教授のおかげで、彼が3代目の主任教授を務めたオランダ、ナイメーヘンにあるラドバウド大学の地域・プライマリ・ケア学講座と友好関係を結んでいる。現在Chrisと私は一緒に論文を書いているところで、草稿に互いに自分の考えを書き足してメールを往来させながら仕上げているが、そのついでに今日私がこの展覧会に行くことを伝えたら、すぐに「(論文を書くのも良いが)17世紀オランダ絵画の巨匠たちの方がもっとエキサイティングだ!」という返事が返ってきた。オランダ人にとってもこの時代の絵画はとても人気があるという。

 

 展覧会で特に私が気に入ったのは、何気ない田舎の人々や動物たちを描く「風景画」、軍艦でなくニシン漁の舟を描く「海洋画」、王侯貴族ではなくて普通の人々を描く「肖像画」、よくある日常生活のひとコマを切り取る「風俗画」たちだ。実際こうした絵画は当時とても人気があり、多くの市民が喜んで家に飾ったそうだ。展覧会でレンタルできる音声ガイドが秀逸で、それを聴きながら鑑賞したおかげでなかなか多くのことを学ぶことができた。17世紀オランダ絵画の巨匠たちの多くがイタリアの陽光に憧れて留学し、それまでのオランダ絵画になかった暖かな光を持ち込んだことは、美術史では重要なことらしい。「そういえばChrisもイタリアを旅行するのが大好きだ」などと思いながらオランダ絵画の光を眺める。

 

 さらに、ちょっと動機が不純だが、オランダでプライマリ・ケアが発達している理由がどこかに示されていないだろうか、などと思って当時の市民たちの生活を描く絵画に「医療現場」を探してみたが、見つかったのは、ヤン・ステーン(Jan Steen)の『恋の病(The Lovesick Maiden)』で恋患いをする娘の脈をとる、見るからに怪しげな医師だけだった(笑)。17世紀のオランダでは、絵画のみならず喜劇舞台でも、人気のある登場人物がペテン師とヤブ医者だったそうだ。これには失笑した。



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