リュージュ(龍樹)の伝言

第55回:新専門医制度1年延期(上)

2016/07/23

 日本専門医機構(以下、機構)が7月20日の理事会後に記者会見を開き、2017年度から導入する予定だった新専門医制度を1年延期すること発表した。25日開催の社員総会の承認を経て正式な方針となる予定だ。今現在、機構のホームページにはこれに関する発表はされておらず、メディアでは、医療系メディアは報じているものの、全国紙では報道していない新聞もあり扱いはバラバラで、TVではほとんど扱われておらず、国民にとって大きなニュースにはなっていない。

 

 新専門医制度については様々な問題が指摘されてきているが、私はその議論自体に根本的な問題が3つあると考えている。まず(1)標準化された専門研修プログラムで専門医の質を担保する重要性への認識が乏しい。次に(2)新専門医制度の問題と医師の地域偏在の問題をごちゃまぜにしている。そして(3)国民の健康を守る医療の質に関わるこんな大事な制度設計が国民不在で議論されてきたことだ。将来専門研修の当事者になる研修医や医学生へもほとんど情報の提供や説明はなく蚊帳の外である。

 

 専門医とは何か。WONCA(世界家庭医機構)ヨーロッパ地域学会では、専門医(specialist)を「分野に関わらず卒後一定期間のより高度な研修を受けた医師(a physician from whatever discipline who has undergone a period of higher postgraduate training)」と定義している。臨床教育が整備された先進諸国ではこれが共通の理解だろう。

http://www.woncaeurope.org/sites/default/files/documents/Definition%203rd%20ed%202011%20with%20revised%20wonca%20tree.pdf

[Appendix 3, p.32]

 

 それぞれの専門分野の医療が安全に実施され国民の安心につながるために、標準化された専門研修プログラムで専門医の質を担保する重要性は計り知れない。「標準化された」という意味は、国際的なスタンダードにもひけをとらずかつ日本の実情に合わせた研修カリキュラムを作成し、それが日本全国のしかるべき認証を受けた(accredited)施設で行われるということである。専攻医にとってはそれら認証された専門研修プログラムのどこで研修しても標準化されたレベル以上の専門医になることができ、医療の利用者にとってはそのプロセスを経て専門医に認定された(certified)どの医師からも標準化されたレベル以上のケアを期待できるということである。

 

 ここで言う専門分野には、総合診療専門医(家庭医)が担当する分野であるプライマリ・ケアも含まれる。かつて私たちが日本家庭医療学会の認定する家庭医療学専門医制度を創設した時、3年間の家庭医療後期研修を修了した人だけが専門医試験の受験資格を得るようにした。それは、臨床教育の先進諸国にとっては当たり前のことだが、研修内容は任意にしておいて学会員歴(会費納入歴)や一発勝負の試験合格を専門医取得の基準にしていた日本の医学会の中では初めての画期的なことだったと思う。

 

 そもそも日本では、国を挙げて標準的カリキュラムに基づく専門研修プログラムを整備して専門医を育成してこなかった負の歴史がある。国民にとって驚きだろう。初期臨床研修制度が導入された時に、それによって例えばプライマリ・ケアや地域医療をする医師が育成できると吹聴する声も聞こえたが、初期臨床研修は「より高度な研修」には相当せず、専門医を養成するものではない。標準化された専門研修プログラムによる専門医育成の重要性については、もっと医学教育の専門家からエビデンスを含めた発言があってしかるべきだと思うのだが、残念ながら日本ではそうした声も聞こえてこない。

 

*『第56回:新専門医制度1年延期(下)』へつづく



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