リュージュ(龍樹)の伝言

第56回:新専門医制度1年延期(下)

2016/07/23

*『第55回:新専門医制度1年延期(上)』から先にお読み下さい。

 

 こうした専門研修についての歴史の浅さも一因なのか、日本では(医師国家試験を合格すれば何でも診療できるという幻想はないとしても)研修する医師をも「地域医療マンパワー」の頭数としてカウントしてしまう傾向が強い。初期臨床研修制度導入時にもそうした議論(地域医療研修として研修医を順番にへき地へ送れば日本の地域医療崩壊は解消するというような呆れたものまで)があったが、新専門医制度においても、例えば、「指導・研修のために医師が都市部の大病院に集中し、地方の医師不足が加速する恐れがある」(朝日新聞)という報道が示す通りである。大学病院vs.市中病院、都市部vs.地方、という構図で、全国の大学医学部・附属病院、病院団体、医師会、地方自治体を巻き込んだ医師争奪戦の様相を呈している。それぞれ「死活問題だ」と悲壮感を込めて自己の利益や既得権を訴えるが、いったい誰のための専門医制度なのか。大事なことを忘れている。

 

 日本の医療制度ではまだプライマリ・ケアと二次・三次ケアとの役割分担ができていない。専門研修にふさわしい場についても然りである。プライマリ・ケアの専門医である総合診療専門医(家庭医)を育成するのに適しているのは地域を基盤とした診療所や中小病院であり、その他の18基本領域の専門医の育成に適しているのは高度先進医療の環境を備えた病院である。どちらもその専門分野で専門医のロールモデルを示して教育ができる専門指導医の存在が前提条件だ。この「専門研修にふさわしい場」を規定するのが専門研修カリキュラムであり、それに基づいた専門研修を提供できる専門研修プログラムを整備することが新専門医制度の重要な役割だ。

 

 日本で医師の標準的な専門教育を本格的に創出しプライマリ・ケアを整備するという、いわば医療制度のあり方が根本的に変わる取り組み(変革)なので、どのステークホルダーも自らのあり方や機能を進化させることが必要だ。大学病院も市中病院も、病院団体も医師会も、機構も医学会も、そして地方自治体も国も、「専門研修にふさわしい場」の整備に向けてかなりの努力と覚悟を持って変革を断行してほしい。そうした変革によってプライマリ・ケアも含めた19基本領域の専門医育成が「専門研修にふさわしい場」で進めば、地方にも都市部にも、大学病院にも市中病院にも診療所にも、それぞれの持ち場で定義された役割を全うできる質を備えた専門医が増えていくはずだ。

 

 地域医療マンパワーの適正配置については、専門医育成の制度設計とは別に専門的な検討をすべきである。医療計画で行うにしても、そこでは現在病院での二次・三次ケアに偏っている診療情報データベース構築や費用対効果分析を、診療所も含めたプライマリ・ケア領域にまで広げて行い、いわば日本の社会保障全てを可視化しながらのエビデンスと地域の実情に基づいた学際的な検討が必須だ。それぞれの領域の専門医を何人育成するのか(専門研修医のポストをいくつ用意するのか)、都道府県別にどのように配置するのか、というデリケートなことまで決めなければいけない。幸い諸外国のやり方を参考にはできる。しかし日本でのステークホルダー間の調整は容易ではないだろう。

 

 もちろん、新専門医制度にしても地域医療マンパワーの適正配置にしても、施行前に完璧なものができるはずはなく、制度施行後にそれを運営しながら各方面からのフィードバックを進んで受け入れて継続して補正していくものである。今回の新専門医制度の導入についてよく「拙速ではいけない」と言われているが、医学教育の先進諸外国から遅れること数十年の日本でもうこれ以上国民を待たせて躊躇している暇はない。さらに教育には時間がかかる。勇気を持って変革の意思決定を今すべきである。

 

 そして、最後になったが重要なことは、国民への十分な説明と議論を尽くすことである。「プロフェッショナル・オートノミー」とは世論を排して自分勝手に進めることではない。特に専門医の育成という専門性の高いことなので、リテラシーのギャップに十分配慮しての説明が必要となる。国民的な議論にするために良質なメディアとの協働も進めてほしい。



リュージュ(龍樹)の伝言
カテゴリ
見学・実習希望
勉強会開催予定
フェイスブック公式ページ

pagetop