リュージュ(龍樹)の伝言

第63回:COVID-19以前に生まれて

2020/07/04

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は世界を大きく変えている。パソコンが普及する以前に生まれた人たちを「BBC (born before computer)」と呼ぶそうだが、もはや「born before COVID-19(新型BBC)」の方が身につまされる言葉になりそうだ。私たちには、やがて「COVID-19蔓延以前、世界はこうだった」と述懐する時が来る。その時、世界はどんな状況になっているのか。

 

 マスク。つい3ヶ月ぐらい前にはマスクをする国・しない国があって、「しない国」でマスクをしていると重症患者と間違われたり、他人に感染させるからと差別を受けたり、罵られたりしていた[Nikkei Asian Review, March 14, 2020]。今、多くの国で多くの人がマスクをするようになって、かつての「する国」ではマスクをしていない人が白い目で見られたり、ヘイトスピーチが溢れたりする。かつての「しない国」ではマスク着用を条例で強制するとか、逆に「マスクをしない自由」を暴力的に主張する人がでてくる。ところで、使われずに残る我が家のマスク一対の運命はどうなるのだろう。

 

 相手の歴史・文化・宗教・習慣の違いをもっと理解したい。少数者・弱者への配慮に欠けているのは政策ばかりではない。「Leaving No One Behind(誰一人置いてきぼりにしない)」の理念を日常生活にどうやって落とし込んだら良いだろう。大きな力で奪われる危機に瀕する「自由」と、思慮に欠けた勝手気ままの「自由」とには、雲泥の差がある。

 

 米国で、スペインで、英国で、親しい友人たちがCOVID-19に感染していた。現在、症状は回復し、メールで連絡が取れるようになったことは本当に幸いだ。病気の経験から、彼らには今の世界がどのように見えているのか、いつか対面で話を聴かせてもらいたいものだ。引き続き元気に過ごしてほしい。

 

 同じくCOVID-19から生還した俳優のトム・ハンクスが米国のある大学の卒業式で行ったオンライン・スピーチが感動を呼んでいる[NBC Bay Area, May 4, 2020]。卒業生を「選ばれし者(chosen ones)」と呼びかけ、COVID-19の「before」「during」「after」での世界の見え方、責任のあり方の変化を語るハンクスのナラティブは、家庭医には病誌(pathography)としても興味深い。

 

 オンライン診療。今や驚くほど多くの分野の人たちが語るようになった。ある時には、これで医療を取り巻く問題がほとんど解決するような言い方で。本当にそうだろうか。COVID-19で診療風景も大きく変貌していくだろう。ただ、通信機器・手段などITの長足の進歩と制度設計に比して、医師の質を患者のニーズに合った高いレベルにする努力が系統的に(つまり政策として)なされているだろうか。オンライン診療と対面診療との適切な使い分けも、2次・3次医療機関そして公衆衛生機関とのタイムリーな連携も、継続したケアの提供も、不安を癒す力も、すべては医師の質に依存する。特にプライマリ・ヘルス・ケア領域での専門医の標準化されたトレーニングの浸透が急務だ。

 

 現在9割以上の診療が「remote consultation」(日本で「オンライン診療」と言われるものだけでなく電話での対応も含む遠隔診療)になっている英国家庭医の診療は、今後COVID-19が収束していっても、3〜4割は「remote consultation」が占めるだろうと言われている。それに備えて、多くのエネルギーを費やして家庭医の「remote consultation」での質を高める工夫を続けている。かたや我が国――医師の質を聖域のようにしてその向上への取り組みを手付かずに残しておくことで失われるものは計り知れないはずだ。

 

 ソーシャル・ディスタンシング。これに関連した日本の「わび」「さび」文化とレジリアンス。これについてはもっと考えを深めた後で語ることにしよう。

 

 みなさんが引き続き健康で安全でありますように。



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