FUKUSHIMAいのちの最前線
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第5章次世代へ伝えるFUKUSHIMA いのちの最前線583の学位授与の瞬間を私が写真に収め、本人に渡しました。他の教授からは「何をしているのか」と訝(いぶか)られました。しかし、これは私にはどうしても譲れない拘(こだわ)りでした。本人達はどんな思いで写真を受け取ったか聞いていませんが、それは私の原体験から得た、師としての責務だと思っていたからです。 特に、秋に行う学位授与式には研究指導者の出席が少ないので、「大学院生を増やしたいなら先(ま)ず、指導者は出席すべきです」と学務の責任者に促しました。大学の意志を明確にする為に、入学式と学位授与式も従来とは順序を逆にして、学部入学生より院生の入学式を先にしました。 これらのエピソードを巡る話は、一つ一つは些細なことです。しかし、このような些細なことを一つ一つ愚直に直していかないと、個人としても組織としても成長しないと確信しています。 東日本大震災に伴った原発事故発生後の復旧・復興に携わるなかで、感じたことがあったのでここに記しておきます。 前例もない、マニュアルも役立たない状態では、当事者や関係者は、ベストを尽くしたと自覚している人間程、やるだけはやったという自負を持っている筈です。今回、それぞれの場で苦闘を強いられた人々には、称賛あるのみです。私自身、人間という生き物の素晴らしさ、そしてそれぞれの立場のプロの人達の志や思いやりに感動を覚えました。そして、避難を余儀なくされた方々の忍耐と整然とした秩序は、世界中から称賛を浴びました。日本人に対する評価を一段と高めて下さいました。 支援のあり方には初期対応を含めて多々問題がありました。現場の人達からみたら怒髪天を衝く(どはつてんをつく)思いだったと思います。ここで、我々が注意しなければいけないのは、自分達の言動の正当性を主張する余り、他を非難することの愚です。理では、その通りのことも少なくないので、周囲はこの非難に対して何の反論も出来ず、そこには沈黙しかありません。但し、これが度を過ぎると、こちらの事情も知らないでと、情の面で反発が生まれてきます。世間は3日、30日、3か月、3年と、加速度的に事故のことは忘れていくのが世の常です。 混沌の時、一人一人が自分の価値観に基づいて言動を行っている筈です。であれば、我々に求められるのは、各個人は他人の言動を性急に批判しないことではないでしょうか。何故なら、他人や他組織への批判は生産性のある何も産まないからです。各自の行動自体が、充分周囲に無言のメッセージとなって届いているのです。勿論、各自の価値観に基づいた言動には、各自が責任を持つことが前提です。どのように生きるかは、各自の“人生の選択”だからです。そこでは、批判や非難に対して、それを黙って受け止める忍耐も求められます。我々に、今求められているのは、言いたいことが山程あるであろう、しかし言えない人々、例えば自衛隊、警察、そして行政の方々の声を拾う努力です。それらを、次世代への大切な教訓として伝えていくことが是非とも必要です。 有事の際には、個人の善意があるうちに、支援継続の為の組織を含めた枠組みを構築するのが、行政や政治の役割ではないでしょうか。長期の取り組みが必要な場合には、国民や政府を含め周囲の人達を、出来れば味方に、出来なければ味方でなくてもせめて敵にならないように心を砕く必要があります。恐らく、長期の支援を受けるコツは、出来る時に、出来るだけ、出来る事で支援をお願いするという有り様が大切なような気がします。 そして、“時代”によって与えられた役割を果たす人間は、古人の箴言(しんげん)を心に刻んで、覚悟を持って動く必要があります。それは、「他人の非難を受けない仕事を見つけるのは容易ではない。間違いのないようにしても不当な批判を避けることは困難」です。 良かれと思って言うこと、行ってきた事の真意やそこに至るまでの経過が、すべて理解されるということはあり得ません。そこに利害や思惑が絡んでくるから話はややこしくなります。只、この箴言を胸に刻んで事に当たれば、周囲に共感の輪が拡がり、大きな、そして継続的支援が得られるのではと考えます。評価は“時”に任せれば良いのです。 今回の事故を通じて思い知らされた点の一つは、事実を有りのままに事実として伝えることの難しさです。勿論、それが不可能であることは私のような人間でもわかります。人間は物事を理解し、解釈する時はその人間の人生の道々で得た哲学や価値観が入ります。更には、入ってくる情報は断片的で、時にはバイアスも入ってきます。 様々な立場の人が様々な形で提言がなされるのは極めて重要です。その中から建設的な取り組みが生求められる役割を果たすには忍耐と覚悟を2012年1月12日掲載

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