FUKUSHIMAいのちの最前線
547/608

第5章次世代へ伝えるFUKUSHIMA いのちの最前線541現場の状況を無視したこの決定により、「100mSv以下では明らかな健康影響を認めない」と指導していた山下先生は、住民、特に小さな子供を持つ母親の敵とみなされ、一時は告発される事態にまでなった。震災以降、何のゆかりもない福島のために日夜活動された方々に対し「感謝」ではなく「罵声」を浴びせたことに、同じ福島県人として心苦しさを感じずにはいられなかった。 とどめは、高名な専門家の涙の会見だ。これで母親が安心できる線量は「1mSv/年以下」に決まってしまった。達成可能で最善の線量低減の方法を科学的に考えれば、100mSvから段階的に20mSv→10mSv→5mSv…と引き下げていくことで、いずれ1mSV/年になるはずだったのに、合理的に検討するのではなく感情的に1mSv/年を目指すことになったのは残念でならなかった。この頃から科学的に正確な情報を伝える学者は「御用学者」のレッテルを貼られ、報道から姿を消した。 こうした状況から、正確な情報共有が必要だと強く感じ、住民向けリスコミの準備に取りかかった。 各種の測定データから放射性物質による汚染状況が明らかになってくると、当初問題視されていた内部被ばくよりも外部被ばくの影響の方が大きいことが判明し、高い被ばくを受けた住民がほとんどいないことも明らかになってきた。書店の特設コーナーも閑散とし、表面上は平静を取り戻したように思われたが、心の奥で見えない不安におびえ、そのストレスから避難する家族は後を絶たなかった。 被ばく医療班は7月からリスコミを開始し、各地で講演会を開催した。ダブルスタンダードにならないようスタッフ間で資料を共有し、何度も練習を行い、現状に合わせて内容を改訂した。講演スタイルも、“安全・危険”を謳うのではなく、まず自己紹介から始めて、福島の生活を楽しんでいることを伝え、その上で事故の詳細や汚染の状況・健康への影響などを冷静に説明し、「共に生きる」という姿勢で情報共有を行ってきた。そして今後福島で生活する上で何が大切なのかを伝え、参加者が自分で考え判断してもらうよう努めた。講演規模も、一人一人の顔が見えるように100名以下の小さな講演会を繰り返した。 過去の科学的データを検討すると、低線量被ばくの健康影響に関する明らかなエビデンスは乏しく、被ばく線量に対する考え方もさまざまである。科学的な結果のみでは「安心」を伝えることができず、正確な被ばく線量の評価自体も多くの問題をはらんでいるため、放射線リスクを正確に伝えることは困難を極めた。そのため、できるだけ丁寧に話し、質問に分かりやすく答えることを心がけた。 現在はリスコミの対象を、日々住民と顔を合わせる自治体や学校の職員にも広げている。講演後は参加者に笑顔が戻る リスコミを担当するスタッフは今、日常の病院業務との両立が難しくなってきている。講演は休日に行うため、スケジュールも厳しくなり、新しいスタッフの育成が急務だ。 リスコミ終了後、参加者に笑顔が戻るのを見ると、やりがいを感じる。人材に余裕ができれば、その局面に合わせたきめ細やかなコミュニケーションができるだろう。最終的には、事態の収拾がついてリスコミの必要性がなくなることを期待している。 最後に、今回の原子力災害が最悪のシナリオを辿らなかったのは、過酷な労働条件下で働いている原発内作業者のおかげだ。支援チームと作業者の皆様に感謝を申し上げたい。「共に生きる」という姿勢で情報共有

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です