FUKUSHIMAいのちの最前線
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第5章次世代へ伝えるFUKUSHIMA いのちの最前線537 心臓血管外科を中心とする「エコノミークラス症候群チーム」は、避難所泊や車中泊による脱水、運動不足というリスクで発症する下肢静脈血栓の超音波スクリーニングを行った。適切に治療されなければ血栓は遊離して肺動脈に塞栓を引き起こし突然死の原因となる。10%を超える高い静脈血栓検出率が報告され、引き続き適切な治療が行われた。私の知る限りでは、県内避難住民に急性肺動脈血栓塞栓症による突然死を見なかった。 災害時においての国際協力推進機関としての大学という観点にも触れておきたい。災害時に国際医療協力を受け入れることに関して、日本人は不慣れである。英語の問題、ニーズのミスマッチ、災害現場の混乱、被災者側自治体の事務負担など否定的要素を挙げることは難しくない。災害急性期の混乱状態で国際医療支援を受けるか否かは議論が多い。 今回、本学が中東ヨルダンの医療支援をエコノミークラス症候群チームに受け入れたのは、今後長期の国際協力を見据えた本学菊地臣一理事長・学長の決断である。放射線健康影響および災害医療に関する国際拠点となるべく運命づけられた本学として、先々を見据えたグローバルな対応が必要との判断である。ヨルダン王立医療チーム4名は、本学エコノミークラス症候群チームと合流し、滞在1月間に総数2000名を超える避難住民の下肢超音波検査を施行した。2時間の事前ミーティングと本学チームリーダーの指示に従うという指揮命令系統を確認したのみで、チームは規律正しく効果的に活動した。有事には軍隊の一部隊として活動している彼らには十分な災害対応力があることは当然といえば当然である。 今回の国際協力が奏功した理由として、大学に足場を置いた「高度医療緊急支援チーム」の一員として参加したこと、急性期の混乱を脱した慢性期・回復期であったこと、大学病院本体も正常業務体制に戻るための「別働隊」の人的資源が必要であったこと、が挙げられる。避難住民からも「そんな遠い国から応援に来てくれてありがたい」と感謝の言葉が聞かれ、終始友好的かつ和やかな状況で支援が行われた。 本学附属病院には、2001年に2次被ばく医療施設「緊急被ばく医療棟」が整備された。放射線被ばくを伴う救急患者に対し、放射線スクリーニングと除染および初期緊急処置を行い、必要があれば手術・入院加療をおこなう施設である。1999年の東海村JCO臨界事故後に、全国の原子力発電所周辺基幹病院の除染・被ばく医療施設整備計画の一環としての施設増設である。原子力発電所事故により傷病者が発生した場合は、被ばく度と傷病重症度により、3次被ばく施設である放射線医学総合研究所(千葉県)、2次被ばく施設(地域中核施設)か、または1次被ばく施設(近隣医療施設)に振り分けて搬送される。 「緊急被ばく医療棟」開設後10年間は、放射線被ばく患者搬入シミュレーションで年1回使用されるのみであった。2011年3月15日に本学は初めての救急患者を受け入れた。東京電力福島第一原発の作業員である。3月中には、十数名の福島第一原子力発電所作業員および放射線高度汚染地域で活動する消防隊などの公的勤務者を受け入れた。 放射線緊急医療に関しては、広島大学や長崎大学などの放射線障害に関する精鋭医師が、震災直後から献身的に本学救急科・放射線科の治療活動を応援している。また、本学放射線科医師は、放射線アドバイザーとして県民への講演・相談会などの啓発活動に継続的に従事している。 本学は、震災後の2011年3月中には「放射線」との長期戦を覚悟した。広範囲な県土の汚染により、数十年にわたる低線量長期被ばくが予想される。現時点までの科学的知見および国際的コンセンサスでは健康被害はほとんどないと推定されている。しかし、放射能による健康被害に対する不安は、現在6万人を超える県外避難を引き起こし、風評被害により農産物、工業製品、観光業など広範囲の社会的影響を及ぼしている。この困難な状況に対して復興にどう貢献できるかが現在の本学にとっての最大のテーマである。 「安全」と「安心」は異なる。安心は人の心の中にある。危険に対する恐れは有効に働くこともあるが、「いわれのない恐怖」は人々の利益を損なう。震災初期の放射線リスクに関する情報欠如および情報混乱は、「誰を信用していいかわからない」という県民の不安を増幅させ、「安心」を遠ざけた。 この状況を受けて、本学は次世代に亘るまでの「放射線の影響に関して県民を見守る健康リスク管理者」として、県民・国民の信頼と安心を得るための長く困難な道程に覚悟を持って踏み出した。被ばく推定量を含めた健康診査事業を粛々と行い科学的放射線緊急医療について:2次被ばく医療施設として福島復興へ向けて:長期戦を戦う覚悟

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