FUKUSHIMAいのちの最前線
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第5章次世代へ伝えるFUKUSHIMA いのちの最前線531 3月11日、未曾有の自然災害が東北と関東地方を襲いました。しかも、本学のある福島県の原子力発電所に壊滅的な事故も発生してしまいました。現代科学が、原発事故という挑戦を受けたわけです。今、県民は勿論、国民が真価を問われています。県立医科大学は、福島県における医学・医療の中心として存在してきました。したがって、この時点から本学は、誰も経験したことのない新たな歴史的使命を課せられました。すなわち、この危機を克服する為の努力だけでなく、この事故の全てを記録し、次の世代に伝えていく責務、そして将来にわたって、県民や近県住民を含めた国民の健康管理にも責任を負わなければなりません。「福島の悲劇を福島の奇跡へ」とすることを天命として、総力戦を展開し、継続しております。 本学は県立医科大学であり、設置者は県知事です。本学のこれまでの取り組みには、地域医療崩壊に対応するための地域医療支援助手制度(県事業費により増員した助手90名が全県の病院へ医療支援)、ホームステイ研修(地域の家庭に下宿する住民としての視線を持った研修)、医療人育成・支援センター(医学部入学前から生涯教育までの全般的医師支援の取り組み)などがあります。これらの施策は「医療支援機関としての大学」や、「教育機関としての大学」による地域医療貢献を志向したものです。大学は知の拠点として地域社会と密接に関わってきたわけです。 今回は、「県民の健康・安全・安心」というミッションを持つ本学として、地震・津波・原発事故という人類未曾有の災禍に、「大学は臨機応変に対処できるのか否か」と、問われたことになります。 これまでの県との強力な連携が、災害時に奏功しました。震災発生直後に、本学は県災害対策本部に常駐の調整医官を派遣しました。臨床科の教授および講師という県内病院事情に精通し、各地の医師とも面識のある精鋭部隊です。災害発生時の混乱期の情報混乱と支援ミスマッチを防ぐためには、地域行政と医療機関の連携が必須の条件です。普段顔の見えない関係では必要な情報の正確迅速な把握や課題の共有による迅速な対応は望めません。「災害対策中枢機関としての大学」という新たな側面です。同時に医大内では、医大災害対策本部が全学全職種ミーティングを頻回に行い、情報共有と全学の一致協力体制を築きました。 3月11日の東日本大震災で、福島県は地震・津波による大規模災害に加え、「低線量・広範囲・長期的被ばく」という人類史上例を見ない原子力被害(INESレベル7)の渦中にあります。そして、原子力災害は今もなお現在進行形です。鹿児島県医師会報平成23年10月号「特集原子力発電事故と医療」掲載福島県立医大の歴史的使命公立大学法人福島県立医科大学副理事長兼器官制御外科学講座主任教授竹之下 誠一福島の悲劇を福島の奇跡へはじめに県と医大原子力災害医大の対応―原子力災害も含めて― 2011年3月11日の東日本大震災に続いて起こった東京電力福島第一原発の事故発生以来半年近く過ぎ去ろうとしています。この間、鹿児島県をはじめ全国の皆さまから、医療活動、被災地の復旧活動、避難所運営等の支援、義援金や物資等の提供、さらには福島県産農産物の応援など、幅広い分野で心温まる御支援をいただいております。紙面をお借りいたしまして、心より感謝と御礼を申し上げます。

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