FUKUSHIMAいのちの最前線
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404東日本大震災と福島第一原子力発電所事故がペインクリニックの患者に与えた影響終了した患者がエレベーターで移動中に自動停止してしまったため,本来の病棟である10階ではなく2階に降ろさざるを得ない患者がいた。上層階に上げることが困難と判断されたため,同じ階でモニタリング機器が整備されている一類感染症施設に収容した。 これらの初動は各部門の責任者の判断で行われ,看護部監理室に各部門の師長を通じて,それぞれの状況が報告された。同時に,大学理事長の下もとに災害対策本部が病院長室に設置され,病院部門の情報を集約するとともに,指揮命令が発せられた。 2)震災発生時のペインクリニック外来 当院のペインクリニック外来は病院建物の2階にある。通常は午前中に外来診察と診察室内で施行できる神経ブロックを行い,午後には数件の透視下神経ブロックを1階にあるX線透視室で行っている。透視下神経ブロックの際には外来に看護師1名を残し,医師1名,看護師1名で神経ブロックを行っている。今回の震災発生時は,ペインクリニック外来患者は全員帰宅していたため,特に問題が起こることはなかった。また,この日は,入院患者もいなかったため,入院患者の対応に追われることもなかった。 しかし,今回の震災の発生時間は,通常,透視下神経ブロックを行っている時間帯であった。今回はたまたま透視下ブロックもすべて終了し,患者が全員帰宅した後であったために問題は生じなかった。しかし,透視下ブロック中に発生していたら,ブロック後の患者を外来に搬送することはエレベーターが停止している状況では困難であったことが想像できる。当院のように少人数でペインクリニック外来を行っている施設では,外来診察室と透視下神経ブロックに使用するX線透視室は同じフロアにあった方が望ましいということを,利便性の面だけでなく安全性の面からも実感した。 3)救急体制 病院の災害対策本部では救急科医師を統括DMAT(disaster medical assistance team:災害派遣医療チーム)に指名するとともに,各地にDMATの出動を要請した。病院玄関の受付ホール(図1),および隣接する看護学部の実習室に収容ベッドなどを準備し(図2),救命救急センターに隣接する臨床講義棟前のホワイエでトリアージを行い,一次は整形外科外来,二次は内科総合外来,三次は救急センターで診療する体制が敷かれた。震災後の3日間で来院した救急患者は168名で,入院を要する重症患者は30名であった。今回の震災では地震による被害は少なく,津波による被害が主体であったため,負傷者は少なく,救急外来が混雑するような場面はなかった。 震災の発生時に9件の手術が行われていた手術部では,手術を中断できるところで終了し,患者を集中治療室に搬送した。その後,5列分の手術室とスタッフを準備したが,震災後10日間で行われた手術は,骨折整復や帝王切開など25症例であった。 震災後8日間,救急外来以外のペインクリニック外来とその他のすべての外来部門は完全に閉鎖した。また,福島県立医科大学附属病院が救急体制を取っており,通常の診療は行っていないことはテレビやラジオを通して一般家庭に知らされていたため,予約患者が来院することはなかった。 ペインクリニックのような主に慢性疾患を扱う診療部門は,災害の急性期には無理に診療を行わず,人材,医療資材,診療スペース等を救急対応に廻すのがよいだろう。ペインクリニック科医の中には,ペインクリニック以外に麻酔・救急・集中治療と他の役割を担える医師も多いので,緊急時には必要と図2 入院患者の収容体制看護学部実習室の床にマットを敷き,臨時の収容施設を準備した図1 外来患者の収容体制玄関受付ホールに,臨時の収容ベッドをできるだけ並べた

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