FUKUSHIMAいのちの最前線
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第4章患者救済に奔走した活動記録〈論文・研究発表〉FUKUSHIMA いのちの最前線345にもみられました. このように,時間の経過とともに異なる呼吸器疾患の患者さんが多数入院し,一時的な混乱はありました. 避難所から仮設住宅に移った今の段階では,やはり心のケアが問題だと思います.岩手県には今,全国から精神科医が支援に集まってくれています.喘息も含めさまざまな慢性疾患のアドヒアランスを保つためには,健康な精神が必要です.そのためのケアが,これから行われていくところだと思います.棟方 福島県でも各地から先生方が来られて継続的にケアをしてくださっています.私の患者さんも2割ぐらいが仮設住宅にお住まいですが,なかには数カ所を転々とされている患者さんもおられます.一見元気なのですが,落ち着いて話を聞くと涙を流されて…….精神的なストレスは相当大きいのだと思います.棟方 では三浦先生,宮城県の状況についてお願いします.三浦 宮城県沿岸部には気仙沼,石巻,仙台医療圏があり,被害が大きかったのは気仙沼と石巻で,仙台医療圏では11月時点で92%ぐらいはすでに復旧しています.当院は内陸に位置しており,津波の被害はあまり受けませんでした.建物は免震構造ですが,地震直後に停電となり,非常電源によって医療を継続しました.幸い水道は保たれていて,3月14日には電気,同時にインターネットとメール,翌日にオーダリングシステム,17日に電話が復旧しました.ガスは17日に仮復旧しましたが,本復旧は3月24日でした. 当初はライフラインが不完全な状況下で小児の三次救急に当たりましたが,通信網が途絶しているので,救急搬送も事前の情報は全くないまま,被災地から患者が搬送されてきました.固定電話も携帯電話も,場所によっては衛星電話も使えなかったようです.防災無線などを用いた強固な通信網の構築が,必要ではないかと感じました. 搬送患者は重症度の高い症例は少なく,肺炎,インフルエンザ,胃腸炎や喘息発作など,いずれもほとんどは軽症から中等症でした.あとは非常電源目的で,在宅の人工呼吸器管理患者さんや,他院で人工呼吸器管理されている重症心身障害児も,無条件で受け入れました. 半年が経過して,ほとんどの医療チームが沿岸部から撤収したため,小児医療は,東北大学医学部小児科を中心にその関連病院,宮城県小児科医会が沿岸部に医療関係者を派遣しているという状況です. 災害初期の支援体制は迅速でしたが,慢性・回復期に関しては,支援医師団の撤収とともに,医療過疎の地域では患者さんが医療機関受診のため遠くに図1 岩手県立大船渡病院における震災前後の呼吸器疾患入院患者数の推移宮城県における震災後の状況,そして現況

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