FUKUSHIMAいのちの最前線
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第4章患者救済に奔走した活動記録〈論文・研究発表〉FUKUSHIMA いのちの最前線297コストの問題と言ってもいいかもしれません。そのコストを国が全部持ってくれるのならば100%の安心を提供できますが、そんなことはあり得ないので、では個人の負担でやるのかといえば、それには限界があります。このギャップをどう埋めるかが、本学に課せられた使命の一つです。つまり、安全を通して安心を獲得することが、われわれに課せられた使命だと思うのです。そのためには、かなり多面的なアプローチが必要です。 それから、現実には環境汚染があります。土壌、大気、水、それからアニミズム(精霊信仰)であるわれわれ日本人が神としてあがめている岩や森、林、川が完全に汚染されているわけです。しかし、その除染については、私の知る限り、世界でもまだ解決されていません。道路や機械の除染はできますが、今後どうすればきちんと生活できる環境を整えられるかという科学面の探求も、これから求められると思います。それが本学に求められるかどうかは別にして、少なくとも国に全面的な支援をしていただき、福島県と福島医大が中心になってやっていかざるを得ないのです。──そうでしょうね。菊地 なぜかというと、人やお金の面で、残念ながら地域の住民や自治体、そして医師、看護師たちとのコミュニケーションがないわけです。それは政府に対しても言っていますが、福島県は出先の自治体とみんな人事交流をしています。それから、医師や看護師もほとんどが何らかの形で福島医大と関係しています。いつも顔を合わせている。そういう人と人とのパーソナルな付き合いが、健康管理をきちんと継続していくために非常に大事なのです。組織と人があって、来てくれればいいという問題ではない。むしろ住民との接点、インターフェースが一番の問題だということを私は心配しているのです。──ではどのようにフォローアップしていくのでしょうか。菊地 日本では海外と比べてIDがないので、住基ネットを使うのも一つの方法かと思っています。これは議論をしなければなりませんが、今のままでは100%追跡することは不可能です。個人情報の問題などと言っていたのではできない。ただ、どちらを取るかは住民が選択すべきだと思います。──確かに議論ばかりして前に進まなければ、何もできません。菊地 そうです。走りながら考えればいいのです。まずは実行することです。だから、先行調査をしたのです。現場は不安で抑えきれません。自治体の首長さんや行政の人たちがそこで突き上げられると、その上の行政やわれわれ科学者は、組織でもマニュアルでもついパーフェクトなものを作ろうとしますが、そんなものは誰も作ったことがないのですから、できないのです。しかし、できないとなかなか進めないのが、われわれ科学者や行政の一番悪い点です。ですから、私はまずできることから実行しようと考えて、放射線量が高いといわれているところで先行調査をし、それを再度洗い出して、さらに精緻なものにして、それを繰り返していけばいいのではないかと思っています。 先行調査はこれでいいのですが、全国に散らばっている人を追う義務があります。それを追跡することは、現状ではとてもできません。追跡はするが個人の住所は知らせないということでは相反します。最終的にこれは個人の選択だと思います。ただし、国や行政サイドから「30年間、責任を持って追跡調査、健康管理をしていきます」とは言い続けるべきで、それをやめてしまったら信用をなくすと思います。──科学者や行政は動きが取れない、確実でなければいけないと考えるのですが、そこで誰がやるかといえば本来政治家のはずです。菊地 やはり迷ったときは政治的な判断がどうしても必要です。それを行政や一大学に判断しろと言われても無理であり、また、してはならないと思います。そのために政治があるのですから。──それから、先生方は新たなミッションを自ら得たと言われていますが、やはりミッションを持っていなければ物事は遂行できないですね。菊地 はい。これは非常に長く辛い戦いになると思いますが、そのためにこの大学が県立のままで、県や自治体と太いパイプがあることは幸いだと私は思っています。──県立大学であることが幸いしたのですね。菊地 そう思います。幸か不幸か、以前、地方の公立医科大学や医学部が国立に移管したときに、当時の知事がそれを選ばなかったわけです。それは当時、われわれの弱みでした。ところが、時代が変わってくると弱みが強みになってきて、もし国立であれば、こんなにスムーズにはいきません。福島県で原発事故が起きたのは大変な不幸ですが、不幸の中のわずかな救いは、この医科大学が県立であったことだと思っています。表裏一体で、今日も事務局長は副知事のところに行っていますし、知事や副知事もここに来ますし、私も行きます。そこには何の壁もありません。すぐに行って話ができて、対応が決まるわけです。国立だったとしたらそうはいきません。

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