FUKUSHIMAいのちの最前線
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290Moving Vol.1 2011 Summer(運動器の10年・日本協会)掲載混乱した被災地での医療体制はどうだったのか。そして本当に必要なケアは何かを考える。公立大学法人福島県立医科大学理事長兼学長 菊地 臣一整形外科東日本大震災から4か月 本学が設置されている福島県は、この度の大震災により、原発事故による放射線の低線量、長期被曝という未曾有の惨禍に見舞われました。多数の地域住民が短時間での避難を余儀なくされました。医療面での支援の中心にあったのが本学です。誰も経験したことのない事故、参考になる対応の前例もありません。現場の混乱、その混乱の収束、過程での迷走、リーダーシップを発揮することの重要性など、学んだことは多々ありました。そして、それらは今も進行形です。本稿の目的は、それらについて述べることでありませんので省きます。 本県に限らず、今回の大震災での現場の特徴は、整形外科医の出番がほとんどなかったことです。津波の襲来により、運命を分けたのは逃げ切れて助かったか、あるいは水死したかのどちらかでした。したがって、外傷に対応する機会はほとんどありませんでした。 本県の場合は、津波による避難者もさることながら、原子力発電所の爆発に伴う着の身着のままでの緊急退避者が圧倒的多数でした。これは、医療機関の患者でも介護施設の入所者でも例外ではありません。避難にあたっての混乱の中、本学整形外科医の活躍の一部は、本学ホームページの花だよりvol.127に紹介したので省きます。 運動器という観点からこの大震災を見るといくつかの特徴を指摘できます。原発事故はまだ収束をみていないので数字をもって提示できず、印象に頼ることをお断りします。 第1は、医療・介護施設の避難者の大多数は、職員を含めて茫然自失の状態でした。突然の爆発、そして退避命令ですから当然です。付き添って大学病院に収容された人々の情報は不充分で、名前の確認さえ困難でした。付き添ってきたスタッフも被災者なので、支援体制の中に入ってもらうことはできなかったというのが実態です。大震災、特に原発事故の救護体制については抜本的見直しが求められます。 第2に、家を失ったわけでもないのに避難を余儀なくされた人々に対する心のケアの必要性です。最新のEBM(Evidence Based Medicine=根拠に基づく医療)が明らかにした「健全な身体は健全な精神に宿る」は、ここでも真実でした。避難所で体調を崩す人々が続出しました。初期では、各人の状況に応じたメンタルケアの体制確立が必要です。ただ、原発事故と地震や津波でのメンタルヘルスケアを同列に論じて良いのかは、私自身は、今、疑問を持っています。今後明らかにするべき課題の一つです。その評価により、どんな「心のケア」が必要かも明らかになるはずです。ある期間が過ぎてからは、不条理に対する怒り、あるいはアルコール依存への対応が求められます。 第3に、DVT(Deep Venous Thrombosis=深部静脈血栓症)の発生予防と対策です。今回の震災でも退避所で多発しました。検査と治療は、循環器の先生方にお願いしました。 第4に、高齢者の転倒による骨折の多発です。慣れない環境に突然置かれたために、屋内・外の地理に不案内、そして不安定な心理状態が、転倒という結果を惹き起こしたものと思います。今後の教訓にすべき事実です。 第5に、退避行動中、あるいは避難所で死亡者が少なからず出ていることです。これは、環境の急変とそれに伴う心の適応の問題が深く関係しているのではないかと考えられます。これも今後の検討課題病院玄関に臨時ベッド(3/13撮影)。いずれの写真も福島県立医科大学附属病院にて

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