FUKUSHIMAいのちの最前線
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202フクシマの教訓─放射能被ばく事故に学ぶこころのケアアル作成に携わられた金吉晴先生(国立精神神経医療研究センター)に述べていただく。 7)日本で実際に起き,死者2名・被ばく者667名を出した東海村JCO臨界事故の際の精神的障害を,実際に調査研究された蓑下成子先生(川村学園女子大学)に紹介いただく。 ④については, 8)福島第一原発事故にあたり,原発から30㎞圏内の病院の入院患者避難支援には自衛隊や消防,警察などが動員された。原発事故などにより医療施設が丸ごと避難を求められた時の行動指針について徳野慎一先生(防衛医大)に述べていただく。 3月16日頃であったと思うが,福島医大病院では福島第一原発で爆発事故が繰り返された場合を想定して,40歳以下の職員が服用できるようにとヨウ素剤が配布された。チェルノブイリ型の原子炉爆発があった場合,あるいは大気中の放射能レベルが20μSv/hを持続的に上回った時に病院は「コードレッド」を発令するので,「コードレッド」が発令されたら40歳以下の職員はヨウ素剤を服用したうえで,病院の建物の窓を閉め切り72時間は閉じこもることとされた。ヨウ素剤は何度も服用するものではないが,不足する可能性もあったので私は同僚と町中の薬局にポビドンヨード(Povidone-iodine)溶液を買いに歩いた。ところがどの薬局を訪ねてもポビドンヨード(Povidone-iodine)はすでに売り切れとなっていた。人々の不安と警戒心の強さに驚いたものである。 幸い「コードレッド」が発令されることはなかった。しかし,人々の放射能被ばくへの不安と警戒心は,放射能汚染の実態が明確になるにつれて一層強まっていった。 特に幼児,小児をかかえる親達の不安は強く,幼稚園,小学校が再開される4月まで福島から子どもを疎開させる家族が多くいたし,8月の夏休みを契機に県外へ転校させる家族も多くみられた。そのために,地域により差はあるが福島市の場合をとると,小学校ではクラスの1割くらいの児童が転校していなくなるという事態となった。 専門科学者のあるものは「世界中には自然放射能レベルが今の福島よりうんと高い地域があるが,その地域で発がん率が高いというデータはないから大丈夫」といい,別の専門家は「低線量放射能被ばくの危険はいまだ明確にされていないから,長期的にどうなるかはわからない」と述べた。専門科学者の意見が2つに割れたのである。人々はどちらの意見に従ったらよいのか迷い,行政も広大に広がる汚染地域を前に効果的な除染策を提示できないでいるうちに疎開する家族が増える結果となった。 「安全安心」はひとまとまりの用語として用いられることが普通である。しかし,低線量放射能被ばくでは科学的には安全であると理性的に説明がなされても,人々は安心しない。安全と安心は分離したのである。果たしてどれだけの効果があるかは不明な除染であっても,人々が参加して除染事業が行われるようになって,やっと人々は安心し始めたというのが実際の経過である。 放射能被ばくへの不安が,放射能恐怖などの形で医療機関を訪れる人を増やしたか?という点も関心がもたれるところである。私は被ばく事故後3ヵ月後くらいまでの間,身近な精神科や心療内科の医師にその外来患者について聞いてみた印象から,放射能恐怖症や放射能被ばくに関連した心気障害の患者は増えていないという印象を持った。そして,そのような印象があることを講演の際に話すようにしていた。ところがある時,福島県内の内科の先生と話をしていた折に,明らかに心気障害と推定される患者がその先生の外来に少なからず来ていることがわかった。それから身体科の先生に機会あるごとに聞いてみるようにすると,耳鼻科の外来などでは「最近鼻血が出るのは放射能のせいではないか?」と訴えて受診する人が多いという話も出てきた。放射能恐怖や放射能関連心気障害については精神科で調べていたのでは不十分であったわけである。低線量放射能被ばくの不安,精神保健への影響を明らかにし,それへの対策をたてるには,身体科の先生方の協力を得て広く調査をする必要がある。 本特集が,日本の精神科医療関係者がフクシマの教訓に学び,起きる可能性のある原発事故の災禍と放射能被ばくによる精神的障害とそのケアに関して,知り,考え,行動する契機となることを望むものである。4 低線量放射能被ばくの 不安への対処5 「フクシマの教訓」に 期待すること

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