FUKUSHIMAいのちの最前線
150/608

144 今回の震災を通して、災害時には様々な健康問題を抱える多くの人々を地域包括的に効率よくケアすることが求められることを学びました。しかし、今の日本医療システムは、地域ごとではなく診療科ごとの縦割りになっているため、災害時のような危機的状況を想定すると極めて非効率で脆弱です。では、日本に医療の欠点が露呈するのは災害時だけでしょうか? 多くの人々が直接病院へ殺到し、病院の医療スタッフが疲弊してしまうという状況は、今の日本においてもはや災害時限定の特殊な問題ではなく、実は毎日のように起きている重大な社会問題と言えるのです。診療所の医師のほとんどが個人開業している現状では、たとえかかりつけの患者さんであっても、一人の医師で24時間365日対応できる体制を整えることは現実的ではありません。それでも医師がプライベートを犠牲にしていつでもかかりつけ患者と連絡がつく体制を整えている場合や、地域医師会や行政の努力で休日夜間診療所や当番医を設けていますが、あらゆる健康問題が持ち込まれる時間外診療では、病状によっては専門外の問題で対応が難しいケースも少なからずあるようです。結局、休日や夜間には患者さんが病院に殺到しやすい現状なのです。 避難所で多くの人々が不安な時を過ごす中、一人の先生が近隣のいくつかの避難所を毎日巡回していました。「薬がなくても、やさしい言葉と笑顔が医者の原点」と語るその先生の正体は…実は中山元二前(社医)養生会理事長(以下、元二先生)です。危機的状況の中で、慣れ親しんだ地域のかかりつけ医からの「大丈夫、心配ないよ」という言葉が、どれだけ多くの勇気を与えたかは言うまでもないでしょう。元二先生は中之作の中山医院で50年間以上にわたり、その地域の医療を守り続けてきました。年齢や疾患領域を問わず地域に発生するあらゆる健康問題に真正面から向き合い、まさに家庭医と同様に地域に根差した医療を実践し続けてこられました。その姿勢は今回の未曾有の大災害の中にあっても何らかわることはありませんでした。 このように、家庭医療の専門研修の経歴がなくても、個人の努力で既に地域で家庭医の役割を立派に果たされている先生方もおられます。それはとても尊敬に値する事なのですが、そういった個人の努力に支えられている日本の地域医療システムは、いかにも脆弱であると言わざるを得ません。* * * 前回、現在の日本の医療システムは、地域ごとではなく診療科ごとの縦割りの構造になっているため、災害時のような危機的状況を想定すると極めて非効率で脆弱であることを述べました。また、このことによる弊害は、震災時のような特殊な状況下に限らず、平時においても休日・夜間を中心に毎日のように浮き彫りになっています。 現在の日本の医学教育制度の中では、個人の努力だけで家庭医の必要な能力を身につけることは極めて困難であり、実際に家庭医の数が絶対的に足りません。医学の進歩により、医療の専門分野は急速に細分化し、患者さん側にも各臓器ごとの専門医による治療を求める傾向が強まりました。医学教育も縦割りの専門研修が中心となり、その結果、あらゆる健康問題に対応する家庭医が育ちにくい研修環境になってきました。しかし、震災前から医師不足・偏在が特に問題となっていた福島県では、地域医療再生のために福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座を中心に、既に県ぐるみで家庭医育成に取り組んでいました。県内各地での研修は順調に進み、すでに若い家庭医たちが育っていて、各地の家庭医療研修施設を舞台に地域・家庭医療センターを随時オープンしています。しかし、未だに多くの方々が避難生活を強いられている福島では、このプロジェクトはよりスピードをあげて遂行することが求められていて、家庭医の数がまだまだ足りない現状です。今こそ多くの家庭医を次々に育成する必要に迫られています。そして、家庭医育成はもはや福島だけの課題ではありません。家庭医を志す日本中の医学生・研修医が、みな当たり前のように家庭医の専門研修が行えて、すでに地域の診療所で医療を実践している医師も家庭医療実践のために必要な技術を学ぶことができる環境を、一刻も早く整備する必要があります。* * * 「日ごろから主体的にご自分やご家族の健康管理をしましょう!」これが、震災での教訓を無駄にしないために、これから皆さんにお願いしたいことです。 大規模災害などで惨事が襲ってきた時、最終的に自分や家族の命を守れるのはあなた自身です。今回の震災のように、健康手帳やお薬手帳が津波に流されてしまったり、医療者側で管理する診療情報が喪失、または電子カルテシステムダウンにより一時的に利用できないような事態が発生すると、頼れるのは患者さんの記憶だけになります。どんな事態に陥っても容易に崩壊しない、より強固な地域医療を実現するためには、医療者側だけでなく、患者さんようこそ家庭医療へ!~いわきに生きる家庭医育成への挑戦~

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です