FUKUSHIMAいのちの最前線
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第2章福島医大関係者行動記録〈手記とメッセージ〉FUKUSHIMA いのちの最前線107院勤務していた各科専門医です。したがって家庭医のように何でも相談して診てもらえるというわけにはいかない場合が多いようです。「○○胃腸科医院」「◇◇脳神経外科クリニック」といった具合に、診療所名や看板の表示を見ると医師の専攻科目がわかるようになっていて、症状や目的に応じ、患者さん側が診療所を自由に選んで受診しています。このことは、誰でも自由に専門的な医療が受けられるため、日本の医療システムの良い点として捉えられる場合もありますが、裏を返せば、医療の素人である患者さん側が何科にかかるべきか自分で判断しなければいけないという短所にもなります。 また、地域医療を支えるべき診療所の役割分担が、地域ごとではなく診療科ごとに分かれているため、「この地域はあの先生が診てくれる」とか、「この地域は診療所ごと被災してしまったので、隣の地域のあの先生がきっと助けてくれるはず」といった暗黙の了解は存在せず、地域における医師の責任が曖昧なのです。 私は今回の震災を通し、さまざまな健康問題を抱える多くの人々を地域包括的に効率よくケアすることが求められる場面に直面し、今の日本の地域医療システムが、災害時においていかに脆弱で非効率的であるかを痛感しました。では、日本の医療の欠点が露呈するのは災害時だけでしょうか? 多くの人々が直接病院へ殺到し、病院の医療スタッフが疲弊してしまうという状況は、もはや日本では災害時限定の特殊な問題ではなく、実は毎日のように起きている重大な社会問題と言えるのです。診療所の医師のほとんどが個人開業している現状では、たとえ担当している患者さんであっても、一人の医師で24時間365日対応できる体制を整えることは現実的ではありません。それでも医師がプライベートを犠牲にしていつでも患者さんと連絡がつく体制を整えている場合や、地域の医師会や行政の努力で休日夜間診療所や当番医を設けている場合がありますが、あらゆる健康問題が持ち込まれる時間外診療では、病状によっては専門外の問題で対応が難しいケースも少なからずあるようです。結局、休日や夜間には患者さんが病院に殺到しやすい現状なのです。 避難所で多くの人々が不安な時を過ごす中、一人の先生が診療所近くのいくつかの避難所を毎日巡回していました。ご自身の診療所自体も被災しているのにもかかわらず……。「薬がなくても、優しい言葉と笑顔が医者の原点」と語るその先生は、私が家庭医を志すきっかけとなった最も尊敬する人物の一人です。危機的状況の中で、慣れ親しんだ地域のかかりつけ医からの「大丈夫、心配ないよ」という言葉が、どれだけ多くの勇気を与えたかは言うまでもないでしょう。 その先生は、いわき市にある小さな漁村の診療所で50年以上にわたり、その地域の医療を守り続けてきました。そう、年齢や疾患領域を問わず地域に発生するあらゆる健康問題に真正面から向き合い、まさに家庭医と同様に地域に根差した医療を実践し続けてこられました。その姿勢は今回の未曾有の大災害の中にあっても何ら変わることはありませんでした。 このように、家庭医療の専門研修の経歴がなくても、個人の努力で既に地域で家庭医の役割を立派に果たされている先生方もおられます。それはとても尊敬に値することなのですが、そういった個人の努力に支えられている日本の地域医療システムは、いかにも脆弱であると言わざるを得ません。また、現在の日本の医学教育制度の中では、個人の努力だけで家庭医に必要な能力を身につけることは極めて困難であり、実際に家庭医の数が絶対的に足りません。医学の進歩により、医療の専門分野は急速に細分化し、患者さん側にも各臓器ごとの専門医による治療を求める傾向が強まりました。医学教育も縦割りの専門研修が中心となり、その結果、あらゆる健康問題に対応する家庭医が育ちにくい研修環境になってきました。 しかし、実は福島では、「1人は、独りでは生きていけない」で既述のとおり、地域医療再生のため当講座を中心に既に県ぐるみで家庭医育成に取り組んでいました。県内各地での研修は順調に進み、すでに若い家庭医たちが育っていて、各地の家庭医療研修施設を舞台に地域・家庭医療センターを随時オープンしています。 それでも、未だに多くの方々が避難生活を強いられている福島では、このプロジェクトはよりスピードを上げて遂行することが求められていて、家庭医の数がまだまだ足りない個人の努力から福島県全体、そして国全体の動きへ「第1回家庭医療サマーフォーラムin福島2010」で葛西教授を囲む研修医やフラガールたち第2回が9月10日、11日の両日、「災害から立ちあがる福島で家庭医療を学ぼう(復興のシンボル、フラガールと家庭医療を学ぼう)」と題して、いわき市で開催される。写真ほぼ中央には、フォーラム・チーフであり、当講座主任教授である葛西龍樹先生と筆者が。

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