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平成23年度 学位記授与式(卒業式) 学長式辞  (平成24年3月22日)

  

ただ今学位記を授与された、大学院修了生、学部卒業生197名の諸君、おめでとうございます。
卒業式は「過去の提示」と、「未来の覚悟」を表明する場です。この学位記により、君達は、本日から真の医療のプロとして生きていくことを求められます。
プロフェッショナリズムとは、まず、目的に対する単純強固な意志です。
第二に、低い水準における満足感の拒否です。
第三に、栄光の影の骨身を削る努力です。
最後に、自らの努力無くして人生の果実を期待しないことです。
このプロの精神を、胸に刻んで歩んでいって下さい。

我々は、昨年、東日本大震災に伴う原発事故という歴史の決定的瞬間に立ち会いました。
それは天命です。君達は今、その原発事故の発生後、最初の卒業式に臨んでいます。この事実から逃げずに、これからの人生を生きることが君達の責務です。
「成長期に肉体的苦痛を味わうことのなかった人間は長じて不幸な人間になる」という先人の箴言(しんげん)があります。原発事故によって生じた「見えない恐怖」と斗(たたか)った経験は、将来必ず役に立つ筈です。

私は、君達に「何かを獲得するには同じだけ何かを捨てなければならない」と説いてきました。
この原発事故は、我々に、今住んでいる世の中の価値観を省みる機会を与えてくれました。この事は、空気を意識せよと言われる位、困難なことです。今回の事故では真に、一人一人が、毎日、選択と決断を迫られました。その結果、君達は今ここに居るのです。
若者の努力の原動力が、饑(ひも)じさや貧しさ、不条理などであった時代、今の君達の環境を考えると、昔日(せきじつ)のほうが目標を立て易く、生き易かったかも知れません。情報が溢れ、価値観が多様化し、世の中の利害が錯綜している今という時代は、他人との比較が容易にできてしまうだけに、個人の人生観でなく社会の価値観に流されがちです。
今回の大震災とそれに伴う原発事故は、君達に社会の価値観ではなく、自分の価値観で考え、行動することの大切さを問い掛けました。君達に今求められているのは、個人の価値観です。今こそ、自分の哲学を持って生きることが求められているのです。これからの歩みが君自身の価値観を作っていくのです。
将来、人生の岐路に立った時、この経験を生かして下さい。心配することはありません。今の世間の価値観といっても、たかだか百年前後で作られたものです。自分の経験と歴史に学べば良いのです。

医療従事者は、生涯を通じて、様々な局面で選択と決断を迫られます。
今回の原発事故は、我々一人一人に死生観を突き付けた機会でもありました。言葉を換えれば、「如何に生きるか」です。このような機会は、戦後、我々日本人にはありませんでした。我々は季節感と同じように死生観を喪(うしな)っていたのではないでしょうか。
これからの人生の道々で自分自身に問い掛けて下さい。それが自らを省み、磨く機会となります。

これらの事を心に刻んでこれからの人生を生きて下さい。君達が人生の黄昏に立った時、必ず問われます。
「自分は誇りを持って、ぶれずに生きてきたのか」と。

人間というものは、人生が配ってくれたカードでやっていくもので、配られたカードが悪いと愚痴をこぼしたりするものではありません。人生こうしようああしようと計画を立てて、自分の人生を考えても、その通りになることはありません。殆ど違った方向へ行ってしまいます。
でも、大切なことは、その場その場で自分のベストを尽くすことなのだと思います。日々のひたむきな生き方の積み重ねが、その後の自分を形づくっていくのです。
今日から、君達は、価値観を「何になったか」ではなく、「何をしたか」に置いて下さい。

君達は今日、本学を巣立って行きます。
しかし、君達が本学を出て行くことはあっても、君達の心から本学が出て行くことはありません。自分の母校に、あるいは自分の生き方に誇りを持って、いつか母校の為に少しでも貢献できる人間に成長していって下さい。

私の医師としての長い経験から、君達に三つの言葉を贈ります。
一つは、「愚直なる継続」です。
何でもよいですから、毎日継続できるものを自らが決めて取り組んでみてください。これを実行するには鉄のような意志が必要です。「風を待っている軒下の風鈴」のような受け身の態度での研鑽は、自分の運命を他人の手に委ねるようなものです。
医療人にとっては、愚直なる継続が最大の武器であり、大成する王道です。

もう一つは、「誇り」です。
頭を下げないことが誇りではなく、頭を下げた後に尚残るものが真の誇りです。誇りは、人生の道々で出会うであろう様々な苦難に立ち向かうとき、自分を支えてくれる最大の拠り所になります。
本学、そして本学で出会った教師や友を誇りにも思わず、また愛せず、これから出会うであろう組織や友は誇りに思い、愛せるという生き方は、その功利性ゆえに自らを貶(おとし)め、且つ他人からは侮蔑されてしまいます。
修業や仕事を成し遂げるうえでは、双方に、相手に信頼を置き敬意を払うことが求められます。そこには、年齢、職業、地位、肩書きは関係ありません。

最後に、「出会いの大切さ」です。
側に居る他者との関わりを人生とするならば、人生は出会いに尽きます。何故なら、“人生の扉は他人が開く”からです。

将来、君達が勁(つよ)さと優しさを持った真の医療のプロになることを期待しています。
修業とは矛盾に耐えることです。悲しみ、虚しさ、そして悔しさが、自分を成長させてくれます。研鑽を積む中で、挫折の数だけ勁く、そして優しくなれることを信じて頑張って下さい。

最後に、未曾有の惨禍のなかで考えたこと、あるいは行為を、今後、医療人として生きていくうえでの座標軸にして、自分で得た何かを次の世代に伝えていってくれることを切望します。

 

 

平成二十四年 三月 二十二日
福島県立医科大学 学長  菊地 臣一


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